NewsPicks 企業・産業チーム 記者 後藤直義 氏
1981年東京生まれ。青山学院大学文学部卒業。毎日新聞社、週刊ダイヤモンド編集部の記者を経て、2016年4月にNewsPicks編集部に移籍。企業・産業分野の取材チームを立ち上げた。企画の第1弾は『韓流経営LINE』(扶桑社新書)として書籍化されている。
いつ、どのようにして、自分は職場を辞めると決めたのか。今回、原稿を書くにあたって色々と記憶を掘り起こそうとしたのですが、ドラマチックな“決定的瞬間”は思い出せませんでした。
ただし、「自分はいつか、この媒体を去ることになるのかもしれないな」という“予兆”を感じたことはありました。そういった予兆が積み重なってある日、新しいチャレンジをしようと決断したのだと思います。
そのように考えると、昔付き合っていた恋人と、別れるまでの経緯を説明しろと言われているような気がしてきて、どんどん筆が重くなってきます。しかし同じ職種で働く方々にとって少しでも参考になるよう、まずは私と前職場の「別れ話」からつづります。
ソニーと「さよなら」した日
「やばい、もう特集名に使う“単語”がなくなりましたね」
これは前職であった経済誌『週刊ダイヤモンド』の編集部で、私がソニーやパナソニックといった家電企業の取材を担当していたとき、幾度となく同僚記者と呟いていた言葉です。
2010年末から約3年半にわたって、私が企画した雑誌の巻頭特集のタイトルを並べてみると、それが何を意味しているのか、おぼろげながら分かってもらえるかと思います。
「家電淘汰!」(2011年11月)、「さよなら!伝説のソニー」(2012年2月)、「家電敗戦」(2012年6月)、「シャープ非常事態」(2012年9月)、「日本を呑み込むAppleの正体」(2012年10月)、「パナソニック最後の賭け」(2013年5月)、「サムスンの限界」(2013年11月)、「ソニー消滅!!」(2014年4月)
もうこの世の終わりみたいな、ネガティブな言葉ばかり並んでいますよね。実際に私が担当した時期は、伝統ある日本の家電産業の一つの最終局面でした。かつてスーパースターだった大企業たちが、軒並み兆円単位の赤字に陥ってしまい、経営者は次々と交代しました。
そうした中で、『週刊ダイヤモンド』の特集タイトルに付けるためのネガティブ単語が、ついに“品切れ”になってしまったことを、自嘲気味に嘆いていたわけです。リアルな世界では、多くのものが「崩壊」して消え去った後は、わずかでも「再生」の兆しが現れて、そこから次の世代による新しい「創造」が生まれることを人々は期待します。
日本の家電産業の崩壊をジャーナリストとして描いていた私は、その次は、新しい産業を創造する現場へ取材に行きたいと強く願っていました。
高齢化する取材テーマ
ところが、なかなか取材の軸足を移せなかったのです。悩んだ結果、2つの点に気づきました。
ひとつは、読者層です。経済誌に愛着をもってくれている読者の多くが、大手企業の管理職クラスであり、編集部でも年齢にして40~60代を中核だと想定していました。
商業雑誌では、お金を出して買ってくれる読者層の興味に、どうしても取材テーマが引きずられる宿命にあります。私は、取材テーマが「高齢化」していることを身にしみて感じていました。
もうひとつは、ビジネスモデルです。新しい産業トレンドに敏感である、若い読者層やビジネスマンが目にしているのは、紙よりオンライン媒体の記事です。ところがこれまでのオンライン媒体に、時間とお金をかけた良質なコンテンツをつくるための、強固なビジネスモデルがありませんでした。
しかし2015年は、そんなメディアの転換点を感じさせる出来事がたくさんありました。
月額課金モデルの本格化
それは「定額制モデル」(サブスクリプションモデル)の本格的な離陸です。音楽サービスでは聴き放題の「Apple Music(アップルミュージック)」(個人向けプラン月額980円)が始まり、映画やドラマが見放題となる「Netflix(ネットフリックス)」(スタンダード月額950円)は日本市場に参入して、素晴らしいオリジナル作品を生み出しています。
自分の描く経済ニュースやドラマチックな物語を、こうした新しい収益モデルに持ち込めば、次なる可能性が見えるのではないか――そうした気持ちが、いつしかオンライン媒体への強い関心となり、最後は美しいユーザーインターフェイスと、スマホならではのSNS機能を備えている「NewsPicks(ニューズピックス)」への移籍につながりました。
渾身の記事も「惨敗」
現在ニューズピックス編集部では、ジャーナリストとデザイナー、そして技術者であるエンジニアたちが混じり合い、三位一体になって仕事をしています。
面白いと思った経済分野のテーマを追いかけて、独自の切り口で、連載記事や対談などに仕立てていく。そこで必要とされる取材の基礎スキルや知識、アイデアの豊富さといったものは、伝統的なメディアで求められる力と、全く変わらないように感じます。
異なるのは、日々さまざまなデータと向き合うことです。ニューズピックスでは毎朝、前日に掲載した記事が、どのくらい広く読まれて、新しい有料購読者をどれだけ増やしたか、編集部全員にメール配信されます。
思ったように有料読者を増やすことができず、悔しい思いをすることも、多いです。たとえば、2016年7月に連載した「アマゾン化する世界」(全14回)。本社のあるシアトルまで行き、さまざまなインタビューを通して、渾身の現場レポートを書きました。
しかしこの記事よりも、同じ連載で、エンターテインメント企業DMM.comの亀山敬司会長にインタビューで語ってもらった「アマゾン論」のほうが、はるかに有料購読者を集めたのです。実際にとても面白い内容なのですが、自分が足で稼いだ記事が負けたと思うと、悔しさもこみあげます。
読者は、一体何に価値を感じて、お金を払うのか。それをデータで突きつけられながら、それでも、自分の取材テーマを頑固に追いかける。今は日々、その両立に向けて戦っている最中です。
最後に、メディアは現在、会社、人材、コンテンツなどの「境界線」が溶けてきています。特定の組織内部のつながりよりも、違う会社や、違う職種の人とのつながりを大事にしながら、新しい挑戦をするには、最高のタイミングではないかと思います。
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