『宇宙兄弟』が3巻以降、面白くなった理由
中村:でも、「ご本人ではできないからコルクがある」という話なんですか?
佐渡島:やろうと思えばできます。これは会社も同じだと思うんですけど、会社の売上が1千万、2千万しかないんだったら、個人事業主として自分でやればいいじゃないですか。これが大きくなってくると、どうしても作業量が増えてくるから、アシスタントを雇って5人でやらなきゃいけないとなる。さらに、これが数億円単位になると何人もスタッフがいないと回せないようになりますよね。
僕が一緒に仕事しているクリエイターは「その作品による影響力を数億、数十億の単位に一緒にしましょう」と思っているから、僕らが何人か人を付けていくことが必要なんです。だから、まずは1人でできると思います。まずは1人で数千万のところまでは持っていけるだろうなと思っていて。それが重要かなと。
中村:実は佐渡島さんをお呼びしたきっかけの1つは、ダイノジの大谷さんがゲストに来たときに佐渡島さんの本を読んでいて。まさにそのエージェントの話をしていたんですね。「吉本もそうだけど、既存のタレント事務所がいらなくなるんじゃないか」という話をしていて。既存のタレント事務所や佐渡島さんの前職である講談社の編集者という形と、今、佐渡島さんがやっているエージェントはどこが明確に違うと思いますか?
佐渡島:タレント事務所がやっていたことは非常にシンプルなんです。というか、リアルなときってやることがシンプルだったんですよ。まず、作家になりたかったら本屋に本を置くのが一番よかったから、出版社とだけ付き合えばよかった。つまり、作家がやることが一個だったんですね。
タレントが有名になりたかったらTVに出ればよかった。TVにブッキングをしてくることが重要だったから、TV業界と太いコネクションのある事務所はブッキング力があったからよかったんです。それに対して、ネット上でフォロワーを増やそうと思うと、色々なことをやらないといけないんですよ。
その「複数のことをやっていかないといけない」という部分をマネジメントするのがじつは結構大変で、それをどういう風にやっていけばいいか、というのを今うちの会社が試行錯誤している感じです。
中村:編集者の話も聞きたいんですけど、みんなが聞きたいのは「なぜ、こうも当てられるのか?」ということだと思います。世の中の大半の作品は、色々と考えてつくったけど、「なんか流行らなかったね」という感じで終わると思うんです。そういう作品と、佐渡島さんが手掛ける作品は明確に違うんですか?
佐渡島:『宇宙兄弟』は3巻ぐらいが分岐点だと思うんですが、3巻のときに一度、小山さんに大直しを頼んだんです。「これじゃダメだと思う」と言って。その後、僕は小山さんに一回も直しを頼んでなくて、ずっと面白くなってるんです。だから、僕が面白いと思っているから、売れてないと悔しいんですよ。
悔しいと「もっと売ろう」と思って、アイデアが出てくるんです。その大直しの話し合いのときに、もしも小山さんが「思いつかない」と言って、そのまま進めていたら、僕は売れなくても悔しくなかったと思うんです。それなりのプロモーションしかしなくて、こんなにヒットしなかんじゃないかなと。
実は小山さんにも聞いたんです。「なんで面白いものを描けるようになったのか?」と。
中村:それ、知りたいですね。
佐渡島:小山さんは「はじめの頃は物語をつくろうと思って、どうやったら物語が面白くなるかをずっと考えていた」と。でも、大直し以降は、自分の好きなものだけを入れていると、僕も読者もみんなが喜んでくれるってわかったから、自分は何が好きなのか考えて、こういうキャラクターを出して、どういう行動をすると自分がそのキャラを好きになれるか。自分はどういう物語が、どういう構図が、どういう服が、どういう服を着ている主人公が好きなのか考えたと。
つまり、全部を自分の「好き」だけに変えていったそうです。自分の好きがわかってなかったときは面白いものが描けなくて、それを探求するようになってから面白くなったと言っていましたね。
澤本:それは「小山さんが好き」というものが世の中に合ってるからなのか、それとも、違う人でも全く同じことが言えるものですか?
佐渡島:僕は世の中で1億人中の100万人程度って、自分の好きだけを追求して十分にいくと思います。
澤本:結構な数ですね、それは。
佐渡島:作家という人たちは「こだわりのしつこさ」「自分の好きを大切にする」ということに関しては異常値ですけど、「何を好きか」に関しては異常値じゃないんですよね。
<後編に続く>
構成・文:廣田喜昭