【前回コラム】「箭内さん!理想の上司・先輩ってどんな人ですか?」はこちら
—突然ですが、箭内さんも悩んだりすることはあるんですか?
チームづくりが得意じゃないとか、貧乏話に続いて、また暗いテーマですね(笑)。僕がずっと抱えている悩みは、苦労が身につかないというか、年輪が刻まれないことですね。僕、悩みを忘れてしまうので、人間としての深みがなかなか出てこないんです。結構、大変な経験をしたのに、大変だったこと自体を忘れちゃうんですよね。「引きずらない」っていう意味では、自分の良さであるとも思ってはいるんです。ただ、執念深い部分は執念深いし、諦めの悪い部分は諦めが悪いんですけどね(笑)。
今、強いて挙げるなら、雑誌『BRUTUS』での連載「おなやみ相談室」のことは悩みですね。僕と、Chim↑Pomのエリイちゃん、映画監督の大根仁さんと、かれこれ3年以上担当しているんですけど、そこでの自分の回答が枠に収まっているんですよね。エリイちゃんと大根さんの自由な回答を見ると、いいな~と思うし、僕も自由に答えたいなとも思う。
でも3人が全員、自由に答えちゃったら、やっぱり相談者のことが心配になってしまうし、ついついちゃんと答えようとしちゃうんです。例えば、「彼女がダイエットを頑張りすぎている」っていうお悩みだったら、「じゃあ、一緒に人間ドックに行ってみたら」とか、非常に現実的な答え方をしてしまう。
基本的に、自分で自分のことを面白いとは思えないんですよね。面白いっていうことに対するコンプレックスがある。面白いCMをつくる人、面白いネタを考える人、面白い発言をする人……。「箭内さん、面白いですよ」って言ってもらうこともあるんだけど、それはたぶん、自分で狙ってやってることじゃなくて、自分の中のコンプレックスに対する“もがき”とかから出てきたものが、結果的にたまたま面白く見えて、そういうふうに言ってくれるんじゃないかな。面白さを自由自在に操れるようだったら、また違う人生だっただろうな~、とは思いますね。
貧乏の話のときにも出たけど、基本的には出された質問に誠実に答えるっていうクセが随分前からあったので、そこをどうしていこうかっていうことは、ずっと自分のテーマなんです。
ここ十何年かのうちに、メディアに出たり、インタビューを受けることが多くなった中で、ひとつわかったのは、記者やインタビュアーから聞かれたことに答える必要はないってことですね。聞かれたことに無理やり答えようとしてつまらない回答になるよりも、違う話をしたって構わないんだって、やっとわかったんです。「好きな食べ物はなんですか?」って言われて「カレーです」って答えるんじゃなくて、そこで好きな色の話をしてもいいんです。
—・・・いいんですか?
いいんです。その話が興味深ければ。「好きな色は茶色だ」って答えたとして、「そういえば、美味しい食べ物って結構茶色いですよね」っていう展開にしてもいい。僕は、よく「左脳で壊せ」「枠に収まらなければ、枠は破れない」って自分で言っているんですけど、僕自身が、枠を知ることによって枠を壊すタイプなんだと思います。放っておいても天然で枠からはみ出ていくタイプではなくて、一生懸命、枠からはみ出ている。ずっとアンチを唱えていたのも、自分なりの枠の壊し方でもあったんだろうと思います。発想の裏返し方とか、アングルの変え方、光の当て方、それが枠に収まってしまう自分に対して、なんとか自分で編み出した知恵だったのかもしれない。もちろん、もともと自分があまのじゃくな性質ではあるんですけど。
—箭内さんのその性質は、ものづくりにどんなふうに影響しましたか?
タワーレコードの「NO MUSIC, NO LIFE.」キャンペーンは、始めて20年になりますが、この二重否定、否定の否定は強烈な肯定になるんですよね。だから、アンチのアンチは、強烈なアンチになる。「人がやっていないことをやろうとすること」に対してのアンチとして、逆にど真ん中に戻ってくることが、また新しい枠の壊し方になるんじゃないかと思って真面目につくっていた時期もありました。
例えば、金鳥のCM「蚊に効くカトリス」「ゴキブリ用コンバット」です。「ちゃんと商品の説明をするCMを、金鳥は一度つくるべきです。それをつくることによって、従来のチームがつくっている面白いCMがもっと自由になる、もっとインパクトを出せますよ」っていう変なプレゼンをして、自分は真面目なほうをつくりますって言って、ある期間担当していました。金鳥の創業者夫妻がCGで蘇るという試みで、創業者の写真から骨格を割り出して、3Dそこに肉付けをして、その骨格に近い人が声を出すっていう企画でした。「今日ご紹介するのは『蚊に 効くカトリス』」とかって、必ず「今日ご紹介するのは…」で始まるCM。