—悩みの多い人と少ない人、どっちがクリエイティブに向いていると思いますか?
どっちもあると思いますけど、あまり悩まない人のほうが多いかもしれないですね。悩んでいないほうが、フルスイングできますから。でも福山雅治さんは「始まりやゴールじゃなくて、途中のものしかエンターテインメントにならない」って言っていて、僕は、悩みこそ「途中」だと思うんです。
悩みって「どうなんだろう?」「どうしたらたどり着けるんだろう?」っていうドキュメンタリーだと思うので、そういう意味では「悩むこと」こと自体がクリエイティブの題材になる。だから世の中のあちこちに「お悩み相談」があるんだと思いますね。永遠のコンテンツなんじゃないかな。
結局、その悩みやコンプレックスが共有された時に、それ自体がコンテンツや商品になるんだと思うし、悩みは、人類が次に進んでいくために出されていた宿題だと考えると、そこにはものすごく可能性があるなと感じますね。
—深い悩みがあるからこそ、生み出せるものもあるんでしょうか?
若い頃、僕は「ダウト!ブレイク!エスケープ!」ってよく言っていて、ひとつは、「何でも一回、疑ってみよう」っていうことが、すごく時代や社会に必要だと思っていたんです。でも、今は疑うことが疑心暗鬼みたいになってしまっていて、それが風評被害を招いたり、不信感を生んだりしていて、よくないですよね。
「常識を疑え」ってよく言うけど、「何で外を歩く時は靴を履くんだろう?」とか「なんでテーブルって平らなんだろう?」「なんでマスクは白いんだろう?」という具合に、何でも「何で?」をくっつけると、どんなものでもそこに新しいアイデアの入り口があると思うんですよね。
それで「白いマスクじゃなくてピンクのマスクがあってもいいんじゃないか?」「マスクなんて無くてもいいんじゃないか?」って考えるのが「ブレイク(壊す)」だし、「悩みを諦めに昇華せよ」っていうのが「エスケープ(逃げる)」。
あまりにも立ち止まる時間が長すぎると、その悩みがクリエイティブのヒントをくれること以上に、ただ苦しいことになってくるので、苦手なことからは逃げればいい。苦手なことは克服しないほうがいいです。苦手なことを克服しようとしていたら、それだけで人生が終わってしまいますよ。
—そんなことしている場合じゃないと。
そうです。例えば、僕は子どもの頃、通信簿にずっと「落ち着きがない」って書かれていたんです。じゃあ「落ち着きのある人になろう!」って思わないといけないとしたら、そんな人生、最悪だなと思う。だって、もともと落ち着きのある人には、一生勝てないじゃないですか。だったら、落ち着きのなさをどう生かすか、ですよ。落ち着きがないから、物事をいくつも同時に考えられるし、何個も仕事ができる。
—短所を長所に昇華するというか。
自分の中で、どうポジティブに転換していくか。「マイナスで遊んでいく」っていう、それしかないですよ。物忘れの激しい人が、物覚えをよくする訓練をしていたら、人生の時間が足りなくなる。それよりは、物忘れが激しいからこそできる仕事に就いたほうがいい。物忘れが激しい人にも物覚えの良さが必要とされる、間違った就活や就職があって、それを僕は心配だなあといつも思っています。
絶対、自分の「苦手とすること」を活用できる仕事があるはずだし、なかったらそれを生み出せばよくて、それがクリエイティブなんだと思います。悩まない人が悩もうとするっていうのは、ものすごく遠回りなことだし、悩む人が悩むのをやめようとするっていうのも遠回りだと思います。
クリエイティブの明日が見えるキーワード
「ダウト!ブレイク!エスケープ!」
常識を疑う(ダウト)ことはアイデアの入り口。そこから悩みに悩んで常識を打ち破って(ブレイク)もいいし、それが苦手なことだったら諦めて逃げる(エスケープ)のも一手。悩みを、自分の中でいかにポジティブに転換するかが大事。
箭内道彦(やない・みちひこ)
クリエイティブディレクター 東京藝術大学美術学部デザイン科准教授
1964年 福島県郡山市生まれ。博報堂を経て、2003年「風とロック」設立。タワーレコード「NO MUSIC, NO LIFE.」リクルート「ゼクシィ」をはじめ、既成の概念にとらわれない数々の広告キャンペーンを手がける。また、若者に絶大な人気を誇るフリーペーパー「月刊 風とロック」の発行、故郷・福島でのイベントプロデュース、テレビやラジオのパーソナリティ、そして2011年大晦日のNHK紅白歌合戦に出場したロックバンド「猪苗代湖ズ」のギタリストなど、多岐に渡る活動によって、広告の可能性を常に拡げ続けている。2015年4月、福島県クリエイティブディレクターに就任。