四元正弘(四元マーケティングデザイン室 代表)
酒造メーカーを経て、電通では主に消費者調査・分析やクライアント企業へのマーケティングサポートに従事。2013年に電通を退職し四元マーケティングデザイン室を発足した傍らで、(公財)21あおもり産業総合支援センターにて地域企業をサポート。著書に「消費と広告の心理学」(2013年、朝倉書店)、「ダイバーシティとマーケティング」(2017年3月予定、宣伝会議)など。日本経済新聞にコラム「読み解き現代消費」を連載中。
トランプ政権スタート
選挙期間中の過激な物言いで物議を醸してきたトランプ氏が、とうとう米国大統領に就任した。大勢が式典を祝った一方で、反対派も気勢を上げるなど、大波乱の予感がプンプン。観劇気分で楽しめれば良いのだが、政治経済の関係が深い日本(人)としては気を揉まざるを得ない。
さて私なりに整理すると、トランプ大統領が就任演説で最も強調したかったのは「米国第一主義/偉大なアメリカの復活」と「市民(ピープル)の重視」の2点ではないだろうか。
「米国第一主義/偉大なアメリカの復活」については、内向きだとか保護主義的だとよく非難されるが、政治家が自国(民)の利益を最重視するのは当然だし、過度な保護主義が弊害を招くことは百も承知のはず。表現はやや過激だが、広告コピーに近い感覚で使っているのだろう。
実際の経済政策は案外と堅実で穏健なところに落ち着くのではないかと楽観している。私に言わせりゃ、TPPから二国間交渉に軸足を移すかなんて枝葉末節なことだ。むしろ注目したいのは、「市民の重視」の方だ。この市民を、中間層と言い換えても齟齬はあるまい。
深刻化する格差問題
欧米や日本などの経済は、資本主義と自由主義で運営されている。この二つはごっちゃにされるが、資本主義とは「資金と生産手段(土地、設備等)などの資本が社会の中核」であることの是認で、これを否定しては近代経済が成立しない。一方で自由主義とは、最大限個人の意思決定に委ねるべしという思想であり、対極が社会主義(全体主義)だ。
資本主義では富は資本家に必然的に集中しやすく、格差問題が必ず発生する。これまで富の再配分(※1)を通じて格差是正が政治的に図られてきたものの、その効果はイマイチ。現実は『21世紀の資本』(トマ・ピケティ著)が糾弾するように、ごく一部の富裕層が富を独占しており、しかもその状況は年を追うごとに深刻化している。
その対応手段として富の再配分をもっと強化する手もあるが、それでは社会主義に近づいていき、それも嫌だ。つまり、資本主義と自由主義のジレンマに陥り、中間層にシワ寄せが押し寄せているのが、今日の先進国に共通する構図なのだ。
そんな中で昨年、民主党の大統領予備選で社会主義者を自称するサンダース候補が若者に熱狂的に支持されたことはまだ記憶に新しい。
中間層復権とダイバーシティ政治
そこで改めてトランプが言う市民重視をストレートに解釈すれば、こうした格差問題が深刻化する中で苦しんできた中間層に光を当てること、そして彼らの雇用を拡大する経済政策に注力することは間違いなかろう。しかも彼らが支持してくれたから当選できたことを熟知しており、ビジネス感覚でその信頼を裏切れないはずだ。
ただしその中間層こそが、「ダイバーシティ(多様性)」に最も富んでいることも忘れてはいけない。富裕層の多くは白人だが、中間層の人種は実に様々。移民や外国籍者も少なくない(大統領選の投票権はないが)。
そして、その中間層の持つダイバーシティがイノベーションを生み出す原動力として活かされてこそ、中間層の復権、ひいては米国経済の成長がもたらされるのである。
従って本来であればトランプ政権にはダイバーシティ尊重の政治姿勢が求められるはずだ。しかし新大統領や閣僚の顔ぶれは「男性、白人、富豪、政治経験が少ない」に偏向しており、ダイバーシティに欠ける点が気がかりだ。
しかし、現実に中間層への政治を意識すればするほど、ダイバーシティと嫌でも向き合わざるを得ない。
現代社会の流れは間違いなく、ダイバーシティに向かっている。そのダイバーシティに、トランプ政権はどう対峙するのか。一歩間違えれば、反トランプの嵐は今以上に吹き荒れるかもしれない。トランプ政権にとって、ダイバーシティは福音にも鬼門にもなろう。
他国のことながら興味は尽きない。トランプが「ダイバーシティ」にどう向き合うのか、世界が凝視していると言っても過言ではあるまい。