「ネットのコンテンツだから安いよね」というイビツな常識をわれわれは叩きつぶせるか?

安さを武器にせず、志高く戦略的であるべき

Viibarというデジタル動画制作会社があります。クラウドソーシングとテクノロジーによる効率的なワークフローを標榜しています。あ、じゃあ低価格を売りにしている?と言ったら、そうじゃないんです。クラウドソーシングだけど、志は高いんです。

実はこの連載で2年前に取り上げました(Viibarについての2年前の記事)。社長の上坂優太氏は、会社立ち上げ前から知っていますが、先日久しぶりに会いに行くことになりました。

前に取材した時は、渋谷の雑居ビルの一室に若い人たちがびっしりいて、いかにも制作系のベンチャーらしい、雑然としているけど賑やかな雰囲気でした。今は目黒の新しいビルに、かなり広いフロアを確保してゆったりしたオフィスです。社員とは別に、Viibarに登録しているクリエイターたちが使えるスペースもあります。なんか、すっかり自分より背が高くなった甥っ子に久しぶりに会った気分。なんだおい、大きくなったなあ。

社員の皆さんがいるオフィススペース。60名くらい、2年前の3倍です。

「どうでした、この2年間は?」と水を向けると、上坂氏は熱く語ってくれました。「成長できたと思っています。案件数も増えましたし、お客さまへの提供価値も高まってきたので、結果的に平均単価も上昇しました」(上坂氏)。

実は一番聞きたかったことでした。単価が上がった。そうか!やったね!志でコモディティ化を乗り越えられたんだね!

2年前の記事を読むと、その時から彼らが志をはっきり持っていたことが分かります。クラウドソーシングだからできる合理的なワークフローを確立し、クオリティも高いアウトプットを維持できるようにしたい。それによって、単価も上げていけるはず。そんな信念を語ってくれたのですが、それを見事に貫いて、具現化していたのでした。

Viibarは確かにクラウドソーシングによる動画制作を行っています。でも一般的なクラウドソーシングのイメージとはかなりやり方が違う。

まず、クラウドで登録するクリエイターは「審査制」なんです。実績もよくわからない人は登録できない。この時点で、安さ一辺倒ではないことが分かる。

それから、制作はViibarが受注し、納品に対して責任を負います。ということは、いい加減な発注は受けないし、それが誰に振られてどう完成するかも見守る。ただ、仕事の進め方は基本的にはクライアントが直接クリエイターとやり取りします。その進行をしっかりサポートするのがViibarの役割。一般的なクラウドソーシングとは、だいぶ違います。だから、成長したのでしょう。だから、単価も上がったのでしょう。

「我々はハイエンドな動画制作会社ではありません。だからといって、安さを売りにはしたくなかった。デジタル動画ニーズの高まりを受けて、ミドルレンジのマーケットは大きくなっていて、われわれがそのマーケットを牽引できていると思います。今後はデジタル抜きに考えられなくなると思いますので、ハイエンドとミドルレンジの境界も薄れていくと考えています」(上坂氏)。

上坂優太社長(左)とプロデューサーの高橋俊輔氏(右)。二人ともテレビ界出身です。

これはすごく重要な話だと思います。大事なのは、ミドルレンジで始めてハイエンドに近づこうという意志と戦略を最初から持っていたことです。それがこの2年で花開いたということでしょう。この意志と戦略こそが、志なのです。

Viibarで注目すべきは先日、日本経済新聞社の出資を受け、提携を発表したことです。
あちこちで記事になりましたが、日経が今後マーケティングに力を入れていくにあたり、クリエイティブスタッフが重要になること、その中で動画はより一層重要になること、そのための新組織「Nブランドスタジオ」でViibarとの提携を生かしたいこと、などが書かれていました。

日経、やるなあ。日経、いろいろ考えてるぞ。それはまた別のテーマですが、デジタル時代の先を行こうとする日経が、Viibarをパートナーに選んだのは卓見だと思います。

また、Viibarは日経が去年立ち上げた新しいメディア「NIKKEI STYLE」でも動画制作で提携する予定だそうです。

Viibarが動画を軸にメディアと提携。それはまた新しい方向だなと思いましたが、実はすでに先行事例がありました。

NHKの番組「クローズアップ現代+」のFacebookページ。ここは動画をフルフルに活用しています。この動画コンテンツの企画制作と、デジタルマーケティングをViibarはサポートしているそうです。これは知らなかった!

見てみると、一つひとつの投稿が基本、動画。そして人々に問いかける空気をうまくつくっていて、実際「いいね!」やコメントもたくさんついている。

いやすごいね、上坂さん!久しぶりに会って、世間話でもするつもりが、すっかり取材モードになって動画制作の最前線の話をどっぷり聞いていました。

すっかり長くなってしまいましたが、この記事を通して私が言いたかったことは、こうです。確かにこれまで、ネットは安い、それは仕方ない、そんな常識がありました。そしてCM制作費が高かったのは、総額が高かったのでなんとなく商慣習が定着したことが大きい。

でもCM制作でも大先輩たちがクオリティを高め新しいことに挑んできたから単価が上がった側面もある。同じように、ネットでのコンテンツも、高くできるはずです。高めるのは、志です。精神論ではなく、したたかさも含めての志です。良いものをつくろう、そして良いものには手間暇がかかるし、安くはできない。そんな志がいちばん大事です。

志を持ち、だからこそ知識力もつけ、戦略的であろうとすべきなのです。そういう意味では、良いものをつくるだけじゃダメで、それを誰にどう届けるかも考えられなければならない。武器にできるものはあらゆる装備をして、戦ってください。間違っても、安さなんぞを武器にしないで。そうしたら、ずっと安いままです。上を目指せば、上へ行ける。Viibarはそれを実証してくれました。もちろん彼らの志は、もっと上へと向かっているのでしょうけど。

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境 治(コピーライター/メディアコンサルタント)
境 治(コピーライター/メディアコンサルタント)

1962年福岡市生まれ。1987年東京大学卒業後、広告会社I&S(現I&SBBDO)に入社しコピーライターに。その後、フリーランスとして活動したあとロボット、ビデオプロモーションに勤務。2013年から再びフリーランスに。有料WEBマガジン「テレビとネットの横断業界誌 Media Border」を発刊し、テレビとネットの最新情報を配信している。著書『拡張するテレビ ― 広告と動画とコンテンツビジネスの未来―』 株式会社エム・データ顧問研究員。

境 治(コピーライター/メディアコンサルタント)

1962年福岡市生まれ。1987年東京大学卒業後、広告会社I&S(現I&SBBDO)に入社しコピーライターに。その後、フリーランスとして活動したあとロボット、ビデオプロモーションに勤務。2013年から再びフリーランスに。有料WEBマガジン「テレビとネットの横断業界誌 Media Border」を発刊し、テレビとネットの最新情報を配信している。著書『拡張するテレビ ― 広告と動画とコンテンツビジネスの未来―』 株式会社エム・データ顧問研究員。

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