樹木さんがCMに出演する「きっかけ」
樹木:私ね、佐々木さんという人がドラえもん好きで、あんなにこだわっているということに本当に驚くの。ひとつのことに、どうしてあんなに興味を持てるだろうかと。
それで私は佐々木さんに興味がありまして、佐々木さんの言うことには、何でも「はい、はい、いいですよ」と言うんです。まだ続けてしゃべってもいいの?
佐々木:どうぞ、どうぞ。
樹木:実は佐々木さんとは長い付き合いですが、同じ広告クリエーターの福里真一さんという人を見た時にも非常に変わった人だなと思ったんですね。「こだわる」という点では、佐々木さんは群を抜いていますけど、福里さんは自分を主張したり見せたりすることにあまり執着がないというか、いつもくらーい所で、静かにじーっとしていて、人が騒いでいるのを遠くから見ている感じなのですね。目が合っても知らん顔をしているし、なんか変わった人だなと思って、ずいぶんたってから、何の仕事をしている人か分かったわけです。
その福里さんと同期で電通に入った人がいるんです。その人がいくら企画を出しても、福里さんに全然勝てない。福里さんにはかなわないことが分かって、その人は電通を辞めてテレビ局に中途で入った。中途採用なものだから、同期もいなくて、出世コースからずっと外れているんです。これはね、その人にとってすごくいいことだったの。
「電通にいても、僕はダメだった。テレビ局では中途採用だから、誰とも比較をされないので、とてもゆったりしています」と。みんな同じラインに立つと、「ヨーイ、スタート!」で競争ですけど、そういう所からひょいっと外れると案外、人生の面白い道があるんじゃないかしら。
私も同じように道を外れた役者なんです。「いい役者」の定義は時代によって変わりますが、私が18歳で文学座に入った当時は、「1に舞台役者、2に映画、3はアルバイト感覚でテレビ、4はきちんとした役者はまずやらないCM」。こういう序列がありました。
文学座で杉村春子さんの付き人や楽屋当番をやって、たまに私が舞台に出ると「通行人A」とか「女1」、「声だけの出演」とかですね。役者として舞台が最優先であれば、やらなければいけないのだけれど、やりたいと思えないんですね。当時、ワンステージ200円で税金をとられて180円。それなのに、なぜあんなに長いセリフを一所懸命覚えなければいけないのかなと思っていたんです。
それでテレビの方に先に出ました。森繁久彌さんが主役の「七人の孫」という、ホームドラマの走りでした。そしたら、テレビに出たものだから、CMの依頼が来たんです。おしょうゆのCMでした。「誰もやる人がいないから、あなたやらない?」と言われて、内容は分からないけど、力強く「やらせてください。やります!」って。
おしょうゆを持って「おしょうゆは、○○しょうゆ。しょうゆうこと」と言うんです。本当は「しょうゆうこと」というセリフはなかったんですけど、その時に友人だった詩人の長田弘が、ちょっとなまりながら、「あのさぁ、“しょうゆうこと”なんてどうかなぁ?」っておっしゃるわけで、「何、それ?」と思いましたけど、やったわけです。
そしたらね、東海ローカルのたった15秒のCMが「サンデー毎日」の「今年度のCMワースト10」の3位に入っていたのです。理由は「下手な駄じゃれがダメ」って。
びっくりしましたね。誰も見ていないんじゃないかと思っていましたから。その時に私が思ったことは、「なるほど。ローカルで作った、たった15秒のものでも、これだけ人に影響を与えられるのだなということです。ワースト3位に入るということは、ちょっと世の中を面白く生きられるな」ということでした。
これがCMに出るようになった、きっかけだったんです。最初にその面白さと影響力が分かったので、それ以来、一番大事に思っている仕事はCMです。
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佐々木宏
慶應義塾大学卒業。1977年、電通入社。新聞雑誌局に6年。クリエーティブ局に転局して20年。コピーライター、クリエーティブディレクター、クリエーティブ局長職を経て、2003年7月「シンガタ」を設立。企業イメージや商品イメージのブランディングをはじめ、数多くの広告作品を手掛けている。ADCグランプリ、TCCグランプリ、ACCグランプリ、カンヌ国際広告フェスティバル金賞、広告電通賞、朝日広告賞、日経広告賞、毎日広告デザイン賞最高賞、フジサンケイ広告賞グランプリ、クリエイター・オブ・ザ・イヤー賞ほか受賞多数。
樹木希林
女優。1943年1月15日生まれ、東京都出身。A型。ドラマ「寺内貫太郎一家」やフジカラーのCMなどでコミカルな役を務め、個性派女優として注目を集める。以降、数々の話題作に出演し、映画「わが母の記」では第36回日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞を最年長の70歳で受賞。最近では映画「あん」で主演を務め、「海よりもまだ深く」にも出演する。