携帯電話キャリアのキャッシュバック競争
売上をあげるための「割引きキャンペーン」は、普通に考えたら良くある手法かもしれません。ただ、割引き価格で購入できた人にとっては良いキャンペーンでも、その直前に定価で買ってしまった人からすると悪いキャンペーンになりえます。
入会費無料キャンペーンの広告が、入会費を全額支払った人の目に入ったら、当然その人は腹が立つわけです。スーパーでも特売商品を目玉に顧客を集める方法が常態化していますが、前日に同じ商品を定価で買った人は嬉しくはないでしょう。
頻繁に半額値引きキャンペーンを繰り返しているメーカーの商品を、誰が定価で買おうと思うでしょうか?最も極端な例は携帯電話のケースです。
一時期、携帯電話キャリアの間では、新規顧客を獲得するために数万円のキャッシュバックが常態化していました。割引きどころか、現金が還元されていたわけです。
1人で何台もキャリアの乗り換えをしている人が数十万円の現金を手にする様子がメディアで報道され話題にもなった結果、安倍総理が介入するほどの社会問題として認識されてしまいました。
実際、毎月文句も言わずに黙って契約している人にはメリットは何も無いのに、数ヶ月単位で携帯電話キャリアを渡り歩いていた人たちが毎月10万円単位で収益をあげているケースもあったようです。
普通に考えたら、どう考えてもおかしな仕組みなのですが、携帯電話キャリア同士はモバイルナンバーポータビリティの「乗り換え獲得争い」で他社よりも優位に立つために、お互い譲れない戦いをしていました。
他社よりも優位に立つという「企業視点」での戦いに勝つために、既存の顧客を放置してキャリア移転をし続ける1人ひとりに何十万、何百万という資金を投下していたことになります。
部外者が冷静に議論したら、明らかにおかしな話だと気付きますが、数年間このキャッシュバック競争は業界の常識として放置されていたわけです。
企業視点で売上をあげたいと思いキャンペーンを企画すること自体が、本当に顧客のためになっているのかどうか、一度立ち止まって考えてみるべきだと感じさせる事例だと言えると思います。
ワールドマーケティングサミットで講演をされたカリフォルニア大学ロサンゼルス校ビジネススクールのドミニク・ハンセンズ教授によると、こうした割引きやキャッシュバックキャンペーンは短期的には成果が出るが、長続きせずに成長の視点で考えると好影響はない、という調査結果が明確に出ているそうです。
実はハンセンズ教授によると、売上に一番インパクトが大きいのは流通経路であり、顧客は結局、買えるものを買っているんだとか。また、将来への成長の視点で考えると、割引きキャンペーンよりも、よほど顧客満足度やイノベーション、ブランドの資産化の方が大きなインパクトがあるのだそうです。
個人的に書籍「顧客視点の企業戦略」で表現したかったことも、従来の企業視点でのマスマーケティングの常識は一つひとつ疑ってみても良いのではないか、ということです。
企業と顧客が容易につながることができるようになり、企業は顧客に割引き以外の様々なコミュニケーションを提示することが可能になりました。顧客側が企業に本当に求めているのは、単純な値引きよりも一緒に業界を盛り上げる共創的な取り組みかもしれませんし、自分たちが胸を張って友達に推奨できるようになるための仕組みかもしれません。もちろん顧客視点でマス広告枠を使うことで、従来の典型的なマスマーケティングよりも大きな成功を収めることが可能な時代でもあります。
もし売上をあげるための「割引きキャンペーン」が状態化しているのであれば、一度業界の常識をゼロベースで見直してみて頂ければ幸いです。