潜入取材期間はどのよう働いていたのか
大西:今年の春闘の大きなテーマは「働き方改革」です。働き過ぎが原因とされる電通社員の自殺をきっかけに、「働き方、働かせ方を見直そう」という動きが活発化しています。横田さんが『ユニクロ帝国の光と影』(文藝春秋)で、成長企業ユニクロの過酷な労働現場にスポットライトを当てたのは2011年。6年経って、ようやく世の中が追いついてきた。横田さんは昨年、ユニクロの現場に社員として1年間潜入し、その実態を『週刊文春』で連載したことで、再び大きな反響を呼びましたね。
横田:潜入ルポの企画は、こちらから持ちかけて『週刊文春』が受けてくれたんですよ。「面白そうですね、やりましょう」と。『ユニクロ帝国』で裁判になったから、今回も訴訟リスクはある。それでも「やろう」と言ってくれるのは、いまや文春くらいですかね。ただ、当初はこんなに(最終的に10回連載)続くとは思わなかったし、本にするという確約もありませんでした。
大西:連載で書かれていた「午後2時から夜11時30分まで」というユニクロの仕事はキツそうでしたね。そうした仕事を1年もしていたら、ジャーナリストとしての仕事はほとんどできなくなっていたんじゃないんですか。収入の問題もあるし、ご自身の「働き方」はどうされたのですか。
横田:ユニクロで働きながらも、散発的に記事は書いていました。Yahoo!ニュースの特集で書いたときは1週間ほどユニクロを休みましたが、潜入して取材している間は大きな仕事はできないので、収入は入らない。文春と組んだといっても、そこに収入が発生するわけではなく、経費を払ってくれるだけです。原稿が採用されるまで、原稿料が発生することもないし、もちろん書き手としての給料もありません。
潜入取材をしている間のユニクロでの仕事の時給は1000円だったので、80万円くらいもらっていましたが、80万円で1年間生活していけるわけでもない。ただ、これは誰も掴んでこない情報を掴む作業としてのリスクでもあるわけですよね。まだ誰にも知られてない情報を掴んでこそ、周りが注目してくれるわけで。
大西:じゃあ収支は合っていなかった?
横田:そうですね。この潜入取材を雑誌に何回載せるという約束もなかったので、収入は不安定でした。ただこの仕事って、誰かに強制されてやるものではなく、自分のなかの問題意識やモチベーションなどに突き動かされるところがある。僕はユニクロのなかに入って、毎週、柳井正社長が発言する部長会議の中身を読むのが楽しかったし、いろいろな人の働き方を見るのが非常に面白かった。
大西:まさに僕もそういう仕事の仕方をしていますけど、やっぱりその間、たとえば文春が、横田さんが生活に困らないように面倒を見るとか、そうした風習がこの業界にはないですよね。
横田:昔はあったみたいですね。でもいまはどこの出版社も厳しいですし、ノンフィクションはとくに厳しいですからね。収入の保証があれば良いですが、それを求めるのは難しい。だからとにかく良いネタを掴んで、本になるところまでいきたいなというのはありますね。
大西:結構なギャンブルですよね。
横田:ギャンブルの要素は多分にあります。もしかしたら、1年取材して、1回書いておしまいなんてこともありますから。
大西:1回だとせいぜい数十万、100万円は乗らないですよね。それじゃあ全然食えない。
横田:僕自身、文春でやったような10週連続なんて、雑誌記事で書いたことは初めてでした。雑誌の場合はせいぜい4~5週連続とかですし、どちらかと言うと本を書く仕事を中心にやってきました。だから本になるネタは、いつも探していますね。
大西:やっぱりユニクロの仕事はキツかったですか。
横田:ユニクロは立ち仕事で動きまわるので、75kgあった体重が65kgになりました。同じような潜入取材で『仁義なき宅配 ヤマトvs佐川vs日本郵便vsアマゾン』(小学館)を書くときにはヤマトのクロノゲートで1カ月、午後10時から午前6時までの夜勤をやりましたが、これも「50代でやる仕事じゃない」と思いましたね。
大西:横田さんは、本当に体を張っていますね。自分の目で見て体で感じた記事だからこその迫力があるし、書かれた側も違うとは言えない。とくにユニクロは「良い会社」だと思われているだけに、衝撃がありました。
横田:おかげさまで文春で連載を始めてから、10人くらいだったTwitterのフォロワー数が一気に2000人を超えました。読んでもらっているんだなあという実感はあります。ユニクロは取材のガードが固く、誰も内部を取材できていませんでしたから、ライターにとってはそれこそ“ブルーオーシャン”だった。
大西:1年間の潜入取材で、横田さんが一番感じたのはどんなことでしたか。
……「組織ジャーナリズムの難しさ」「10万円のギャラの仕事をもらったときの意識の持ち方」「良い原稿を評価する人が上にいるかどうか」など、続きは『編集会議』2017年春号「メディア×働き方改革」特集をご覧ください。
ジャーナリスト
大西康之 氏
1965年生まれ。愛知県出身。1988年、早大法卒、日本経済新聞社入社。1998年、欧州総局(ロンドン)、日本経済新聞社編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て2016年4月に独立。著書に『稲盛和夫 最後の闘い JAL再生にかけた経営者人生』(日本経済新聞出版社)、『三洋電機 井植敏の告白』『会社が消えた日 三洋電機10万人のそれから』(以上日経BP)などがある。
ジャーナリスト
横田増生 氏
1965年、福岡県生まれ。関西学院大卒。物流業界紙編集長を経てフリージャーナリストとなる。2005年に初の潜入ルポ『アマゾン・ドット・コムの光と影』(情報センター出版局)、2015年にはヤマト運輸と佐川急便の物流センターへ潜入した『仁義なき宅配』(小学館)を執筆。今回のユニクロ潜入のきっかけとなったのは、2011年発売の『ユニクロ帝国の光と影』(文藝春秋)。
『編集会議』2017年春号は「記事論」「メディア×働き方」を総力特集
◇ヨッピーが語る「“編集”の価値とはなんぞや」
◇改めて知りたい「ネイティブ広告ハンドブック」
【特集】その記事は“売りモノ”になるか――記事で問われるメディアの真価
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◇フローレンス駒崎弘樹「その記事に“意志”はあるか」――記事が社会を動かす
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◇『クーリエ・ジャポン』編集者が語る「米国メディア・ビジネスの最前線」
◇発行累計6000万部の編集者が解説「面白い→売れる」に転換する編集術
【特集】編集者・ライターの「働き方改革」――メディア現場の「生産性」
◇「ユニクロ潜入一年」ジャーナリストに聞く「メディア人の働き方改革」
◇100人に独自調査、編集者・ライターの「働き方」と「生産性」の課題
◇“午後6時に帰る編集部”、古田大輔編集長「BuzzFeed流・働き方改革」
◇「もしフリーになったら…」を考える、フリーランスになるための下準備
◇超実践・生産性向上術「アイデア」「書くスピード」「ガジェット」編