黒澤晃
横浜生まれ。東京大学卒業。1978年、広告会社・博報堂に入社。
コピーライター、コピーディレクターを経て、クリエイティブディレクターになり、数々のブランディング広告を実施。日経広告賞など、受賞多数。2003年から、クリエイティブマネージメントを手がけ、博報堂クリエイターの採用・発掘・育成を行う。
2013年退社。黒澤事務所を設立。東京コピーライターズクラブ(TCC)会員。
褒められてコピーライターの道へ
黒澤:今日はわざわざお出でいただき、ありがとうございます。まず、中島さんからお話をうかがわせてください。
中島:はい、よろしくおねがいします!
黒澤:コピーライターになる前は、どんなことをされていましたか。
中島:インターネット総合サービスの会社で、営業事務をやっていました。
黒澤:広告業界とは、とても遠い世界ですね。全くの業界未経験で、まさにインタビューしたかった理想の人です(笑)。
中島:ええ、コピーライターになろうなんて、これっぽっちも思っていませんでした。
黒澤:それがなぜ?きっかけはどんなことでしたか?
中島:ある時、上司から、この商品の説明を書いてくれと言われたんです。専門のライターに発注するコストや手間がもったいなくて、が理由だったと思います。コスト削減が、私の出発点だったんです。
黒澤:いきなり書けと言われて書けましたか?
中島:いやいや、すごく苦労しました。それで、本を読んだりしました。コピーライターの谷山雅計さんの本(*1)とか。書けるようになるヒントが少しでも欲しかったんですね。そして、商品説明を書くという会社の業務をもっとスムーズにやれないかと考えていたら、谷山さんも講師を務めている宣伝会議の「コピーライター養成講座」に行き当たったんです。
黒澤:いよいよ、来ましたね。コピーライターへの道に。
中島:まずは、基礎コースに行きました。あくまでも会社の業務の延長で勉強するという感じでした。でも、赤城廣告の赤城さん、電通の松村さんをはじめ、講座の先生たちが本当に人を持ち上げるのがうまくって(笑)。
金の鉛筆(*2)も9本いただき、自分にもひょっとしたら才能があるかもと思わされ、だんだんコピーライターになる!という未来幻想を持つようになりました。
黒澤:人生には、持ち上げてくれる人は必要です。ついに本気になったんですね。させられたというか(笑)。
中島:でも、未経験ではなかなか採用してくれる会社がないことにも気がつきました。新卒ならまだいいのかもしれないのですけど。1回、社会に出たというだけで、チャンスは減ってしまうものなんだと思いました。
ところが、ある日、広告界専門の人材会社 マスメディアンの求人票を見ていたら、「2、3年以上経験のあるコピーライター募集。ただし、未経験でもポテンシャルで採用もあるとのこと。」と書かれていたんです。もう、これは自分に向けて書いた求人票に違いない!!と信じました(笑)。
黒澤:それが、レマンさんだったんですね。
中島:はい。素晴らしい縁でした。ポートフォリオを出したり、面接をしたりして、ラッキーなことに採用していただいたんです。
黒澤:本当に良かったですね!現在のお仕事については、のちほどまたお聞きしますね。下川さんは、前職はどんなことをされていましたか。
『これから、絶対、コピーライター』
博報堂で、長年にわたりクリエイティブ人材の、採用・発掘・育成に努めた著者が、門外不出であったコピーライターになるための方法を初公開。「コピーライターになる人は、特別な才能や、資格を持っている人?」。そんな多くの誤解を解きつつ、コピーライターのイキイキとした実像を明らかにします。コピーのツボを、例題を解きながら教えてくれる「ツボ伝ツイート」も。就職者、転職者、必読のコピーライター入門、決定版。