【前回】「インタラクティブ・モバイル部門審査委員長 佐々木康晴氏が現地レポート① — ADFEST2017」はこちら
【執筆者】
佐々木康晴
電通 第4CRプランニング局長/デジタル・クリエーティブ・センター長
アドフェストが終わり、また日常が始まりました。クリエーティブにとって、アワードの熱は、なるべくこじらせて長引かせたほうが、いいアイデアをつくるエネルギーが高まると思っています。「私もああいうアイデア出したい!」とか、「俺も壇上に上がりたい!」とか、動機はなんにせよ、アワードに対してシニカルになるよりも、熱くなるほうが、いい結果につながる気が。
アドフェストが終わってもう1週間以上たちましたが、僕はまだまだその余韻に浸っているところです。僕の中ではアドフェストはまだ続いているのです。賢明な読者の方はお気づきかと思いますが、これは、この原稿が遅れた言い訳のひとつです。
さて、後編では、インタラクティブやモバイル以外のカテゴリーも見つつ、アドフェスト全体の傾向や特徴みたいなところについて、お話していけたらと思っています。
今回の佐々木はインタラクティブ&モバイルの審査委員長であったため、インテグレーテッド、INNOVA、Lotus Roots、ヒューマニティ、の4つのカテゴリーについても審査をさせてもらいました。
各カテゴリーの審査委員長8人が集まり、それぞれのカテゴリーで何を褒めたかをシェアしつつ、アドフェストの総まとめ的なこの4つのカテゴリーを審査するのは、本当に刺激的な経験でした。やはり審査委員長になるような人は(僕を除き)人格的にもすばらしく、Ted Royer(Droga5)や、Wain Choi(Cheil)なんて、惚れるレベルです。こういう人の下で働いたら面白いだろうなと思います。
それにひきかえ自分ときたら。全然ダメです。じっと手を見る。
さて、自分の公開反省をしていてもしかたないので、気を取り直してインテグレーテッドのお話をしましょう。従来のインテグレーテッドは「複数のメディアに表現を適切に定着させたもの」でしたが、世界の傾向と同じく、アドフェストでも、大きな変化を感じました。いわゆる普通のメディアミックス広告キャンペーン的なものはほとんど残っていません。
結果としては、アイデアとしての先進性、商品開発まできちんと行ったこと、テーマの深さ、フィルムのコピーの強さ、など、360度の企画と高度な実施がきちんと行われていたAdidas Oddsが唯一のインテグレーテッド・ロータスを受賞しました。
他には、PanasonicのLife is Electricもかなり高評価でしたが、この部門としては映像とデザイン以外の部分がもうちょっと欲しくなり、ファイナリストに留まりました。香港の貧困層の住宅事情について訴える WARDROBE APARTMENTも、香港のメインストリートに押入れ(なかにベッドがある)を設置し、そこにAirbnbで宿泊できる、という体験の提供で、IKEAでの過去の類似事例さえなければ、受賞していたかと思います。
INNOVA部門については、プロトタイプであっても実用のアイデアであっても、「それがあると、もう元の暮らしには戻れない」くらいの案を探そう、ということになりました。
結果、インタラクティブ等多くの部門でも受賞していた、子どものいじめ言葉をなくすREWORDと、オーストラリアで、携帯のアンテナ基地局数よりも多いランドクルーザーを使い、奥地での緊急用の連絡ネットワークをつくるトヨタのLANDCRUISER EMERGENCY NETWORKの2つがINNOVA受賞となり、グランプリとして、おなじくトヨタのSMILE LOCK OUTLETが受賞しました。SMILE LOCK OUTLETは、電気自動車が普及するこれからに必要とされる、シェアリングエコノミーのかしこいビジネスアイデアである、というところが評価のポイントでありました。
INNOVAでひとつだけ、議論が白熱したプロジェクトがあります。THE UNUSUAL FOOTBALL FIELDという、タイの不動産会社がクライアントとなった案件です。
貧困地域などにある、使われていない変な形の土地。ほっておくと、ゴミが捨てられたり、犯罪の温床になったりするものを、あえて、変な形のままで楽しく遊べるサッカー場に変換し、子供たちの健全な育ちの場にする、というものです。アイデアは素晴らしく、世の中に与える影響も大きかったのですが、「去年のカンヌで似たようなアイデアがあった」という声があり。これは、ブラジルのペンキメーカーが、ちょっとした場所をペンキで塗ってスポーツを楽しむ場所にしよう、というアイデアでした。アイデアをパクったのか、同時期に発生した類似案なのか、議論になり、それぞれの初登場タイミングを調べ、クライアントさんにも電話して・・・と、審査員の責任として、できるところまで調べて議論をしました。
結果、タイの案件がクライアントに「プレゼン」された日が、ブラジルの案件が世に出た日付よりも2ヶ月早かった、ということで、パクリではないだろう、と、判断することにしました。クリエーターはアイデアをパクらない、と思いたいです(だって、パクったらほんとにかっこわるいから)。広告のやり口がどんどん拡がるなかで、これからはますます、アイデアの独自性や権利について、議論されるようになってくるはずです。
さて、Lotus Roots部門についても触れておきましょう。この部門は、地域性のあるクリエーティブを評価する部門です。特定のカルチャーや宗教など、他にはないユニークなインサイトから生まれた、ローカルで鮮やかに光るアイデアを見つけます。
広告は、受け取る人はそれぞれの地域にいるぞれぞれの一人ひとりですから、ただグローバルに受けるアイデアならいい、というわけではありません。APACという地域には、さまざまなカルチャーが密集しているので、この部門を審査するのはなかなか刺激的でした。日本からも多くの応募があります。
結果として受賞したのは、フィリピンのCORRECTING HISTORYでした。若い人が政治に無関心になり、過去の悲しい事実を知らなくなってきている。そんな若者へのインタビューが行われるが、そのインタビュアーが実は、過去につらい目にあった人たちで・・・という映像シリーズですが、この映像が大きな話題となり、結果として選挙結果を変えたとのこと。
各国で、政治の変化が大きな問題になりつつありますが、もしコミュニケーションのチカラで、世の中を良い方向に変えていけるとすれば、それはすばらしいことです。僕らの仕事は、誇るべき仕事になりますよね。
アドフェストは、最近元気がなくなってきたのではないか、と思っている人もいるかと思います。しかしこれまでお話してきたように、受賞傾向自体は、世界のコミュニケーション動向をきちんとおさえています。広告的なものから、どんどん、新しいコミュニケーション手法とチャンネルの開拓にシフトが進み、表面的なブランドの植え付けではなく、人の意識や行動の改革につながる、深いところにブランドの「根」をはるようなアイデアが増えています。
その上で、APACの人たちが、APACならではのクリエーティブとは何か、を真剣に見ている良い賞になっているなあと感じました。若い人たちのアイデアを、世界の審査員達に見てもらうには、カンヌよりも良いのでは、とも感じます。
カンヌだとどうしても、大きな案件にはじきとばされてしまい、すごいアイデアの小さな芽が見えにくい気はして。だから、若い人はもっとアドフェストに自分の仕事を応募すべきですし、行って、いろんな国のクリエーティブの人たちとつながるべきだと、思います。これが、9年ぶりの佐々木のアドフェスト訪問の結論でありました。