VRは、社会課題へのシンパシーを得る強力なツール
VRをHMD型のデバイスで体験した方なら、その没入感の強さ、テレビモニターやスクリーンとの視聴感覚の違いについては言わずもがなだろう。ストーリーの当事者の視点にジャンプインする感覚から、その人の心理状況さえも自分の心に映りこんでくるような感覚を覚えた方もいるかもしれない。
スコッチ・ウィスキーの名門ジョニー・ウォーカーがセッション会場の廊下でさりげなく展示していたのは、HMDによる飲酒運転の事故の疑似体験。生命危機を感じる体験は”こことは別の現実”でお願いしたい好例だろう。飲酒運転撲滅に向けた啓発という意味では十分なリアリティをもたらしていたと感じた。
Social Goodのイベント会場では、環境保全活動の領域では世界有数の国際NGOの一つ、Conservation Internationalによる海洋と森林保全のVR映像が上映されていた。アマゾンの熱帯雨林の中を、一人の先住民に導かれて旅し、現地語で問いかけられながら、アマゾン川や豊かで大きな森林の中を探検。生息するさまざまな動物たちの姿に遭遇し、進行する自然破壊の現状に直面する、といった10分の筋立てだ。
ここではJAUNT社との共同制作で全天周3Dカメラが活躍している。このNGOは以前よりストーリーテリングのための専門映像チームを持ち、社会課題を訴えるためのツールとして、常に時代の最先端の映像技術を積極的に取り入れている。
VR CINEMAの特設会場では、「SXSW Feature Film Jury Awards」に今年新設されたVR部門で最優秀賞を獲得した「After Solitary」(Director: Cassandra Herrman、Lauren Mucciolo)が上映されていた。
窃盗や暴行などの罪で収監された囚人が、刑務所内の問題行動の懲罰などにより独房で長期拘留されると、逆に人間性が破壊され、問題行動や自傷行為が悪化。より社会復帰が困難になり、出所後の再犯率も上がるという事実があるという。これを受け、安易な独房処罰を見直すようメッセージを発信する360度映像だ。
実際の元囚人の独白に基づき、独房の中、元囚人の話に静かに耳を聴けていると、映像を体験している部屋の大きさがそのまま劇中の独房と同じサイズであることに気付く。
これらのVRフィルムに共通しているのは、課題と状況とメッセージがいずれも短時間で深いインパクトをもって伝わることである。視聴者のシンパシーを得て、つくり手のメッセージを運び、次のアクションを促すことができる強力な手法と言えるだろう。これからも機材や制作や視聴環境のすそ野が広がるとともに、普遍的な手法としてVRが発展していく可能性を感じた。