選手が試合に負けたことには怒らない。でも、「負け方」には怒っていた(ゲスト:篠原信一さん)【後編】

柔道をはじめるまで、篠原さんはワルだった?

中村:話は変わりますが、篠原さんは柔道の道に入るまではワルだったなど、そういう話はあるんですか?

篠原:ワルの基準は人それぞれだと思うんですよ。でも、そんなにめちゃくちゃ悪さをしてたわけでもなく、地元の中では普通な感じでしたよ。中学のときに高校に進学するつもりはなく、就職しようと思っていたんですけど、母親が「せっかく柔道で誘ってもらえるんだったら高校に行ったほうがいい」と言うから、なら進学しようかなというノリで行ったんですよ。そしたら、高校に行かない友達からは「裏切り者。なんでお前が高校に行けるんだ」と言われて。

権八:子どもの頃に柔道をはじめたのはなぜなんですか?

篠原:中学から柔道をはじめたんですけど、中学に入学した年に柔道部が新しくできたんです。その柔道部の監督が自分は体も大きいですし、悪さもしないということで、無理矢理柔道部に入れたというのがはじまりですね。

権八:じゃあ、本当にあまり前向きじゃない感じではじまってるんですね。

篠原:中学なんか無理矢理でしょ。だから、興味も関心も全くないので、ほとんどズル休みというかサボってましたね。

澤本:部活を?

篠原:部活を。それで帰ったりすると、柔道部の先生は家まで迎えに来てましたから。「練習来い。なんでお前休んだんだ」「雨が降ってたんで」「馬鹿者、柔道は室内競技だ」と。

一同:(笑)

篠原:こんなやり取りで。自分は10歳離れた妹がいて、当時、保育園に行ってたんですけど、送り迎えをするからと言って練習を休んでました。実際、妹を送り迎えしてましたからね。

中村:練習をやりたくないから(笑)?

篠原:はい。それに10歳ぐらい離れてたらかわいいでしょ。自転車の後ろに乗せてね。

権八:そんなに世代が離れてないと思うんですけど、僕らの世代だと『YAWARA!』という漫画があったじゃないですか。柔道って面白い、かっこいいなというのがちょっとあったんですよ。

篠原:ちなみに『YAWARA!』を読んだことないですし、『柔道部物語』も読んだことないですもん。全く興味ないので。

一同:(笑)

篠原:自分が高校に入って、初めて『柔道』という雑誌があると知ったぐらいですから。

澤本:それまでは知らなかったんだ。

篠原:高校のときにオリンピックを見たことないですから。山下先生、斉藤先生、歴代のオリンピックチャンピオンも知らなかったですもん。

澤本:あんな有名な方々を。

篠原:それだけ興味ながかったんです。

次ページ 「オリンピックで金を獲ろうと、本気になったのは大学3年生のとき」へ続く

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