LINE 田端信太郎氏のメディア論「その記事に“経済的価値”はあるか」

発売当時、「未来志向のメディア指南書」とも言われた『MEDIA MAKERS――社会が動く「影響力」の正体』。その著者・田端信太郎氏は現在、LINEの法人ビジネスを統括し、個人ではSNSで10万人以上のフォロワーを抱える。同書の発売から5年を経た2017年のいまだからこそ語られる、田端氏のメディア論とは。

「記事」の経済的価値とは

――今回の『編集会議』最新号の特集は「その記事は“売りモノ”になるか――記事で問われるメディアの真価」です。メディアは記事の集合体であることを考えると、記事の価値そのものがメディアとしてのビジネスに直結するのが理想だと思いますが、田端さんは昨今のメディアとビジネスの関係について、どのように見られていますか。

いきなりこの特集にケンカを売るわけではないですが、アウトプットとしての「記事」ってそもそも情報ですよね。本来、情報それ自体は“売りモノ”にしにくいものだと思うんです。たとえどんなに価値がある情報でも、無料でコピーできるし、広く知れわたることで消えてなくなるものではない。情報という財の最大の特徴は、排他性がなく、ほぼ原価ゼロで複製可能だということです。

LINE 上級執行役員 コーポレートビジネス担当
田端信太郎 氏

1975年生まれ。リクルートにて、フリーマガジン「R25」の立上げを行い、創刊後は、広告責任者を務める。その後、ライブドアにて、ライブドアニュースの責任者を経て、執行役員メディア事業部長に。2010年にはコンデネット・ジェーピーにて、カントリーマネージャーに就任。2012年NHNJapan(2013年LINEに商号変更)執行役員に就任。広告事業部門を統括。2014年LINE上級執行役員法人ビジネス担当に就任。

それを踏まえて、特集でいう“売りモノ”になる記事はどんなものかと言えば、そのことを知っていることで他の人を出し抜けるもの、その情報を他人より先んじて知っていることが経済的な価値になるものです。受け手が、お金を払うことに合理性を感じ、払ったのと同等かそれ以上のリターンがある記事。

そして金銭的な価値は、必ずしも情報そのものに絶対的な価値があって、成立するわけじゃないことも意味します。情報それ自体というよりは、それが人間同士にもたらす関係性の変化によって、経済価値がもたらされる。情報の価値は、伝わり方や文脈によって大きく変わってくるんです。

たとえば、僕が誰かに情報を伝える際に、「この前、堀江(貴文)さんと飯食いながら聞いた話なんだけどさ」と言うのと、「堀江さんのブログに書いてあった話なんだけどさ」と話すのとでは、同じことを言ったとしても、受け手から見た情報の価値は違います。あるいは「日経に書いてあったんだけどさ」と「東スポに書いてあったんだけどさ」と言うのも、まったく同じ事実に基づく記事について話しているはずなのに、情報の価値が違ってしまいますよね(笑)。

『編集会議』2017年春号では本記事の他、どうすれば生産的な働き方を実現できるかを探る「編集者・ライターの働き方改革」も特集しています。

つまり、記事がもたらす経済的な価値は、情報の中身それだけで構成されるものではない。そういう意味では、メディアは記事を起点とするコンテンツビジネスとして考えるよりも、(読者への)サービス業に近い発想でビジネスをしたほうがいいかもしれません。実際に、著名なネットブロガーなんかは、noteやメルマガ、オンラインサロン、セミナー、それから食事会みたいなことをしてビジネスをしていますよね。

――記事そのものの価値で勝負するビジネスは厳しいと。

繰り返しになりますが、情報や記事それ自体に金銭的な価値があるわけじゃないんです。それがもたらす“結果”に対して価値が発生するんです。たとえば、コンサルティング会社が出している有料のニュースレターのようなものは、その記事の対価としてお金をもらうビジネスとして成立していますよね。お金を払うことで、企業の意思決定者、つまりは1%の側の人が、残りの99%の人を出し抜けるような結果が得られると想定されていますから。

僕もnoteで「就活生よ!会社を褒めるな!むしろ正しくディスれ!けなせ!」「純ドメ留学経験ナシの日本人が、入場料1000$の海外カンファレンスで英語でプレゼン出来るようになるまで。」などの有料の記事を書きましたが、そこで意識していたのは「こうすれば周りを出し抜ける」という具体的な経済価値の情報、その情報を知った人が知らない人に対して差別化できる、具体的なノウハウを入れることでした。

それまで記事を有料で売るという経験をしたことがなかったので、記事という情報に対して値付けをするのはためらいましたが、でもだからこそ、「このテーマ・内容であれば、この値段分の金銭価値は十分に提供できていると言い切れる」と思って書いたつもりです。とはいえ、いわゆる一般的なメディアがそうしたやり方でビジネスをするのには、限界があるように思います。

「受け手こそが王様」は本当か

――田端さんは『MEDIA MAKERS』で「受け手こそが王様」だと書かれていますが、その前提には「メディアという情報の送り手は、常に正しい情報を伝える」ということがあったと思います。ところが、たとえば昨今の米国を見ると、必ずしも正しい情報が求められていない社会も浮き彫りになっているように思えます。そもそもメディアは「媒介」である以上、社会を反映するものであり、それはすなわち、情報の受け手である社会、そして個々人のアップデートが求められていることも意味しますよね。

それは本当にそう思いますね。僕自身はメディア業界でメシを食う一人のプロとして、フェイクニュースのような記事があってもいいという態度はとりません。しかし、家に帰ってから一人の父親として、自分の子どもたちにメディアとの接し方を教えるならば、現実問題として「世の中のメディアが伝える記事には嘘もある。間違った記事から自分の身を守るのは、究極的には自分しかいない」とは言うと思います。

情報の送り手を免責することはできないですが、突き詰めると、最終的には受け手側のメディアリテラシーが問われます。じゃあこのフェイクニュースが散乱している時代に、一般人は具体的にどのようにメディアリテラシーを磨いていけばいいのでしょうか。これは試行錯誤、トライ&エラーを重ねるしかない。

でも、フェイクニュースに憤る良心的なジャーナリズムとか、そうしたものに近寄っても仕方ないのではないかとも思います。そもそも一般人が「このメディアは真実を伝えているかどうか」などと、自分の実体験に基づいて報じられた事実をちゃんと検証ができる分野って、実はかなり少ないんですよ。いわゆる「天下国家のジャーナリズム」とかはほとんど無理。

以前話題になった小保方晴子氏のSTAP細胞が本当にインチキだったのかどうかとか、米国のトランプ大統領がアタマのおかしい独裁者なのか、はたまた有能なビジネスマンなのかとか、普通にメディアに接している一般人にとって、それらの事実を検証することってできないじゃないですか。一般人がメディアに書かれていることが本当かどうかを確かめられるのは、天下国家の話ではなく、自分に直接的に関わる衣食住みたいなところでしかない。

「このレストランが美味しいと『王様のブランチ』で言っていたから行ったけど、いやいや、クソマズいじゃねーか!」とか「『Hot-DogPRESS』のデート特集で、こういう流れでデートしたら女の子と良い雰囲気になれる!と書いてあるから実践してみたけど、全然違ったじゃないか!」みたいなことですよね。

『MEDIA MAKERS――社会が動く「影響力」の正体』。(著:田端信太郎)。ビジネスの成否や人生の質を左右するメディアリテラシーの身に付け方を明らかにしている。発売から5年経った今でもメディア論の必読書として挙がることも多い。

そういう下世話な欲求に関わることって、若い男性からしたらものすごく切実な話です(笑)。そんな切実さを伴いながら、メディアに書いてあることが本当かどうかを自分自身で試して検証してみる。そうしたことを繰り返していく経験から、「あのメディアで書かれていることは本当でないことが多い」とか「このメディアに載っているこの記事は正しいけど、あの記事は間違っている」という判断が、徐々にできるようになるんです。

だからメディアリテラシーを磨くには、良くも悪くもメディアに掲載された記事を信じてイイ思いをしたり、あるいは裏切られたり、という体験を積み重ねていくしかないんですよね。安倍首相の森友学園問題で嘘をついているのは誰かなどは、一般人は自分の肌感覚に基づいて調べることも検証することも、しようがないわけで。

――いま『MEDIA MAKERS』に書き足すとしたら、どんなことがありますか。

やっぱり、メディアというのは、もう一部のエリートのための話じゃないんですよね。SNSが浸透して、ますます誰もがメディア・メーカーになっていますから。メディアリテラシーにしても、リテラシーを上げる最良の方法は、メディアをつくる側になってみることだと思います。伝える側になってみると、事実を100%正しくありのままに伝えるなんてことは、ファンタジーだということが実体験としてよくわかる。

たとえばいまこの記事で、僕を撮っていただいているカメラマンさんが、他人の写真を見るときの観察眼は、カメラマンではない人とは違うじゃないですか。同じ写真を見るにしても、普通の人は何も意識せずに見ますが、カメラマンだからこそ、その写真に込められた意図を感じとれたり、フレームの外に何があったのかまで目が届きますよね。

それはメディアの記事に関しても言えることで、自分が発信者になってみると「この記事は、嘘はついてないんだけど、意図的にあの件については触れていないな」といったことが考えられるようになる。若い人たちの間で流行っている自撮りアプリのSNOWがいかに盛られているか、というのもそうですよね。いまはみんなSNOWを見ると、「この子はこんなに可愛く写っているけど、実際はきっとこのくらいだろう」みたいに逆算していたりしますもんね(笑)。

……「変化するメディアの役割と責任」「編集権の独立は壊れやすい」「個人の発信力が社会を変える」「10万人以上のフォロワーを抱えるからこそ意識していること」など、続きは本誌をご覧ください。

※本記事は『編集会議』最新号に掲載されている記事の一部を編集したものです。

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【特集】その記事は“売りモノ”になるか――記事で問われるメディアの真価
◇LINE 田端信太郎が語るメディア論――『MEDIA MAKERS』から5年後
◇フローレンス駒崎弘樹「その記事に“意志”はあるか」――記事が社会を動かす
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