三ツ矢サイダーの新CM中止から考える、「テレビCM」の社会的責任

2.問題があったとして放映停止までするべきだったのか?

経験者と未経験者で、最も意見が分かれているのがこの点でしょう。後ろから押されてケガをする可能性があったとしても、同じような危険な表現のCMは世の中にはたくさん存在します。

表現の程度の問題で「自己責任なのだから良いじゃないか」という見方もあれば、「表現の自由が狭まってしまう」という問題意識を表明されている方も多くいるようです。

ここで問題になるのが、今回の騒動の対象がテレビCMであった点です。私自身も当初は1に対する認識が甘かったので、放映停止するまでの必要はないのかなと思っていましたが、一部の方にとって明確に問題がある表現ということになると、話は変わってきます。

テレビCMは放映を続ける限り、視聴者が望むと望まざるとに関わらず、強制的に表示されてしまう広告です。仮に大勢の方にとっては問題のない表現であっても、一部の方はCMが放映されるたびに不快な思いをすることになります。

そもそもテレビCMの目的は視聴者に三ツ矢サイダーというブランドを好きになってもらったり、興味をもってもらったりすることのはずなのに、一部の視聴者に極端に嫌われてしまう可能性があるという時点で、放映を続けるメリットが減少するのは当然です。

昨年は日清食品がテレビCMに矢口真里さんを起用したことで、批判の声が高まりCM放映を中止し、謝罪するケースがありました。このときも一部の日清ファンからの評判が良かったCMでした。

しかし不倫をした矢口真里さんが出るCMを、サザエさんなど子どもが見る番組にも放映してしまったことが、一部の視聴者の不快感を強く刺激し、批判の声を増やしてしまったという見方があります。

興味がある人だけが見るネット動画と、強制的に視聴者全員に表示されてしまうテレビCMの影響力の違いが、テレビCMの社会的責任の重さにつながっていると言うことができるでしょう。

さらに、Twitter上での問題提起されたように、今回の表現を学生が真似してケガ人が出る可能性があり、最悪の場合はアサヒ飲料が非難される展開にもなりかねません。そういう意味では、個人的には騒動が明らかになって、迅速に放映中止をしたアサヒ飲料の判断は正しいと思います。

実際にアサヒ飲料側は、騒動の起点となる投稿がされた17日の翌日にはCMの放映停止の判断をし、謝罪文を公開しています。今回の対応は、実に炎上対応のお手本のような迅速さだったと言えます。

3.今回の問題の発生は事前に防げたのか?

一方で、3つの議論のなかで最も結論が難しいのがこのポイントでしょう。

1と2の議論については、人によって異論はあるのかもしれませんが、総論としては企業の宣伝に使うテレビCMという手段としては明らかにリスクの高い表現が含まれており、騒動になった以上、中止するのが最善という結論で良いかと思います。過去の他のテレビCM炎上騒動と比べても、かなりシンプルでしょう。

ただ、今回の騒動の議論で難しいのは、はたして今回の表現が問題であることを事前に察知して回避できたのかと考えると、未経験者の多くが頭を抱えてしまう点にあると言えます。

騒動発覚後、昔からテレビCMなどの広告に携わる広告代理店や広告主の方々からは、業界全体の表現に対する事前チェックの能力が下がっているという厳しい指摘も多くありました。

しかし広告主の方からは、もし自分がアサヒ飲料の担当者でこの提案をされる立場だったら、特に問題なく実施していただろうという声も聞こえてきます。実際、私自身も今回の表現に問題があるとは感じることができませんでしたから、同じ立場だったら企画を通していたと思います。

そういう意味では、私は個人的には今回の問題は事前に防ぐことが難しかった問題だと感じています。

ただ企業の宣伝部の方々としては、「今回の騒動が不運だった」と片付けてしまうわけにはいかないと思います。

次ページ 「「ホンモノらしさ」へのこだわりが求められる」へ続く

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徳力基彦(アジャイルメディア・ネットワーク 取締役 CMO ブロガー)
徳力基彦(アジャイルメディア・ネットワーク 取締役 CMO ブロガー)

徳力基彦(とくりき・もとひこ)NTT等を経て、2006年にアジャイルメディア・ネットワーク設立時からブロガーの一人として運営に参画。「アンバサダーを重視するアプローチ」をキーワードに、ソーシャルメディアの企業活用についての啓蒙活動を担当。書籍「アンバサダーマーケティング」においては解説を担当した。

徳力基彦(アジャイルメディア・ネットワーク 取締役 CMO ブロガー)

徳力基彦(とくりき・もとひこ)NTT等を経て、2006年にアジャイルメディア・ネットワーク設立時からブロガーの一人として運営に参画。「アンバサダーを重視するアプローチ」をキーワードに、ソーシャルメディアの企業活用についての啓蒙活動を担当。書籍「アンバサダーマーケティング」においては解説を担当した。

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