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イノベーション(革新性)。今やこの経済用語を目にしない日が無いくらいだ。世界中の著名な経営者たちが薫陶を受けてきた経営学の神様ドラッカーも、企業の中核的機能にイノベーションを挙げる。
今、経営に最も問われているのは「社内にイノベーションをどう起こすのか」であり、さらに言えば、「イノベーションが生まれやすい自律的システムをいかに社内に定着させるか」ということだが、そこで近ごろ特に重視されてきたのが「ダイバーシティ経営」である。
例えば、経済産業省は「ダイバーシティ経営によって企業価値向上を果たした企業」を2012年から毎年表彰しているが、その背景には「多様な人材を活かし、その能力が最大限発揮できる機会を提供することが、イノベーションを生み出し、価値創造につながる」※1という戦略的発想がある。
さて、経済用語としてイノベーションを最初に提唱したのはオーストリアの経済学者シュンペーターだが、実は初期の記述ではこの用語を用いずに「新結合」(ニューコンビネーション)という言葉が同じ意味合いで使われていた。
つまり、関係なさそうな既存要素を結びつけて、有りそうで無かった「非常識な組み合せ」を生み出すことがイノベーションの本質であり、しかも無関係や非常識であればあるほど革新的なのである。その意味では「既⇔新」よりも「常⇔珍」の対比に注目して、新結合ではなくむしろ「珍結合」と表現する方が、本来的なイノベーションの意味に近いように思われてならない。
実際に、珍結合によって革新的商品やビジネスモデルが生まれた例には事欠かない。例えば、「演歌×黒人→ジェロ」「ステーキ×立ち食い→いきなりステーキ」などはその典型だろう。また、かの有名なトヨタの「ジャスト・イン・タイム」生産方式(かんばん方式とも呼ばれる)も、米国のスーパーマーケットの仕組みに感心して、全くの畑違いの自動車生産ラインに取り入れてみたことに端を発するそうだが、やはりこれもかなりの珍結合である。
そして、会社の最大の資産は人材であることを改めて思えば、ダイバーシティ経営の根幹には「多様な人材の珍結合」が不可欠なことは至極当然だろう。
今や日本においてもダイバーシティ経営を旗頭に、多様な人材の活用に取り組み始めた会社が増えている。ただし、その大半は女性の活用が中心で、さらに視点を広げても高齢者や障がい者までという印象が強い。
もちろん、女性活用を否定するつもりもないし、それもダイバーシティの一環であることは間違いない。しかし、思想や価値観、嗜好、ライフスタイルなど、社会はもっと豊饒なダイバーシティに溢れている。女性活用に留まらず、ダイバーシティの現代的アイコンとしてLGBTや性的マイノリティの人材活用に踏み込んではじめて、ダイバーシティ経営の理想形に近づくのではなかろうか。
というのも、そもそも性的マイノリティは現代の社会を違った目で見ている可能性が高く、独自の視点や価値観を有していても不思議ではないからだ。また同性愛者には、男性的発想と女性的発想を両立できる人も多いと聞く。
そう考えると、イノベーションを生むチャンスメーカーとして、LGBTや性的マイノリティを積極的に雇用する意義も見えてくる、というものだ。イノベーションを起こす当事者として、またイノベーションが起きやすい自由闊達な職場環境のムードメーカーとして役割が期待されよう。
そして実際に、LGBT従業員に対する様々な支援策を持つ企業も確実に増えている。性的マイノリティの権利を保証する制度を制定するケースもあれば、そこまでではないが性的マイノリティへの理解を促す啓蒙活動をするケースまで対応レベルは様々だが、この種の問題に総じて鈍感だった日本企業も、対応しないリスクにようやく気付くようになったということだろうか。たとえば、野村証券をはじめとする野村グループでは「性的指向、性同一性を理由とする差別やハラスメントを一切行わない」と明記した倫理規定を策定したが、そのような事例は今後とも増え続けることだろう。
しかしその一方で、今なお、就活や職場で差別を感じている性的マイノリティが大勢存在している現実からも目を反らしてはいけない。虹色ダイバーシティと国際基督教大学が実施した調査によると、同性愛者やバイセクシュアルの約4割が、またトランスジェンダーの約7割が求職時にセクシャリティに由来した困難を実際に感じた、ということだ。
ちなみにLGBT先進国の米国では、ヒューマン・ライツ・キャンペーン財団(HRC)という有力な人権団体が、性的マイノリティが働きやすい雇用環境を数値化して示す「企業平等指数」(Corporate Equality Index、略してCEI)を策定しており、これに基づいて毎年発表される企業ランキングではアップル、Twitterなどの有名IT企業が上位に名を連ねている。
これをもって安直に結論付ける気はないが、性的マイノリティが働きやすい雇用環境とイノベーションとの間に一定の相関性があることをある程度は傍証しているように思われる。
社員の均一化・同質化は単純作業の効率アップには有効かもしれないが、イノベーション創出のためにはむしろ逆風になりかねない。イノベーションを生むための多様な人材として、LBGTや性的マイノリティが果たせる役割は決して小さくはないのではないだろうか。彼ら・彼女らに真摯に向き合ってこそのダイバーシティ経営なのである。
CEI2016の評価基準
四元正弘(よつもと・まさひろ)
四元マーケティングデザイン研究室代表 元・電通総研・研究主席
1960年神奈川県生まれ。東京大学工学部卒業。サントリーでワイン・プラント設計に従事したのちに、87年に電通総研に転籍。のちに電通に転籍。メディアビジネスの調査研究やコンサルティング、消費者心理分析に従事する傍らで筑波大学大学院客員准教授も兼任。2013年3月に電通を退職し独立、現在は四元マーケティングデザイン研究室代表を務め、21あおもり産業総合支援センターコーディネーターも兼職する。
本書は、LGBTの当事者や企業戦略担当など、ダイバーシティの現場にいる人への取材を通して、「イノベーションにつながるダイバーシティ戦略」や「性的マイノリティの視点」を取り込むことで生まれる新しい企業戦略、マーケティングについてまとめた書籍です。ダイバーシティ経営の実践こそが、企業価値を向上させる本当のマーケティングになっていく時代の1冊です。
【目次】
はじめに ドラッカーで考えるマーケティングの基本と本質
第1章 ダイバーシティとはなにか
第2章 性的マイノリティ差別の背景と転換点
第3章 市民・政治の両面で進む性的マイノリティ支援の動き
第4章 LGBTマーケティング1 ~LGBT当人を顧客に想定するケース
第5章 LGBTマーケティング2 ~LGBTを社会運動のテーマとするケース
第6章 性的マイノリティとイノベーション経営
第7章 当事者から見たダイバーシティ・マーケティング参入の注意点
第8章 LGBT視点のマーケティング事例
第9章 改めて考える「ダイバーシティに企業やビジネスはどう向き合うか?」