—長文の記事を継続的に読んでもらうためには、読者とのエンゲージメントの強さが問われると思います。そのための戦略にはどんなことがありますか。
コンテンツ面で言えば、どういうストーリーを語る記事なら響くのか、その記事は読者にとって新たな教養を提供したり何らかの啓発になりえているかということを何よりも重視しています。読者を拡大することも重要ですが、それ以上に既存読者の深度を深めるためのコンテンツを提供していくことを考えています。
記事がバイラルを起こすこともありますが、それは我々にとっての本来の目的ではありません。「BuzzFeed(バズフィード)」や「Huffington Post(ハフィントンポスト)」などのように、メディアとしていかにスケールするかといったことは、あまり考えていないですからね。
具体的な読了率などに関するデータはないのですが、我々の全体の読者のうち、およそ20〜30%が熱心な読者と言えます。彼らは、月に10〜30本の記事を読み、読んだ感想をフィードバックしてくれます。そうした意味でも、量的なデータではなく、記事へのフィードバックをはじめとする質的な要素を重視しています。
先ほどお話しした読者から書き手が生まれることも、読者とのエンゲージメントを表す象徴的なケースかもしれません。現在我々は、アメリカ各地に3000人の寄稿者ネットワークを築くことができており、読者との信頼関係を維持しながら、持続的なメディアの運営ができています。
—マネタイズはどのようにしているのですか。
「Narratively」はローンチして5年になるメディアですが、現在に至るまでの収入源として最も大きいのは、「Narratively Creative」というクリエイティブスタジオです。アマゾンやゼネラル・エレクトリック(GE)といった大きな企業から非営利団体までをクライアントとし、彼らが語りたいストーリーコンテンツを制作することで対価を得ています。
こうしたクリエイティブ部門を設けることのメリットは、収益が読者の規模に左右されないことです。我々のような決して大きくはないメディアでも、メディアとしてのスキルを活用し、他社のコンテンツを制作して安定的な収益を得ることで、自分たちの記事もより良いものにすることができます。
現在は「Narratively Creative」が全体の収益のうちの9割を占めていますが、やはりマネタイズは多様化させていきたいと考えています。そこで最近は、我々のメディアの特徴である読者の深さを活かしたスポンサーシップを設けることや有料のメンバーシップの制度もつくろうとしています。メンバーシップの制度は、支払う額に応じて、記事制作の舞台裏を知ることができたり、プレミアムなイベントに招待されることなどですね。
それからもう一つ、新たなマネタイズの手法として考えているのは、知的財産権(IP)によるビジネスです。我々はすでに2000以上におよぶコンテンツを蓄積しており、それらをテレビや映画などのポッドキャストにしていこうというものです。
「Narratively」の記事はもともとストーリーを重視して制作していることもあって、こうしたマネタイズは親和性が高いんです。実際に、ニューヨークで有名な書店Strand Book Storeにも、我々の記事を雑誌にしたものが置かれています。実はいま、テレビや映画にもしようという話し合いをしているところで、もうすぐあるパートナー企業と契約を結ぶ予定です。
また、今後は世界各地で我々の記事の翻訳ビジネスもできればと考えています。日本でパートナーになれるメディアがいれば、声をかけてほしいですね。
—最後に、昨年から今年にかけてアメリカは激動の時代にあると言えますが、そのなかでのメディアの役割をどのように考えていますか。
昨年の大統領選挙を経て、ここ数カ月の間で見えてきたのは、人というのは自分の思想や信念こそを信じたいのだという人間の性質そのものでした。そしてメディアの重要な役割は、自分とは違う考えや意見があることを知ってもらうことだと私は考えています。
トランプが当選して大統領になったとき、事前の予測が間違っていたのは、個々人のストーリーが理解されていなかったということの証左でもあります。「Narratively」が存在感のあるメディアであったならば、より個々人に寄り添ったデータが取れていたとも思っています。
だからこそ、人が人について深く知る機会が必要です。メディアの編集者や記者、あるいはジャーナリストは、世界がいかに多様性に満ちているかを伝えるべき存在なのではないでしょうか。それを伝えることこそが、社会におけるメディアの役割だと信じています。(5月10日、アメリカ・ニューヨーク現地で取材)