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最近、「〇〇ファースト」という言葉をよく見聞きする。特に重要な選挙では錦の御旗のようなキーワードとして使われている。
その先陣を切ったのは、米国大統領選におけるトランプ陣営の「アメリカ・ファースト」だろう。さらにはフランス大統領選でも反EUのルペン陣営が「フランス・ファースト」を、また日本でも都議選を睨んで小池都知事が「都民ファースト」を標榜している。これらの事象を総括して、「自分たちファースト主義」と命名したい。
その要点は、「自分たちとそれ以外の人たちの間にシンプルかつ明確な一線を引いた」うえで、「自分たちの利益を優先する」ということだろう。自己中心的な性格が過ぎた人をよく「ジコチュー」と侮蔑するが、その意味で自分たちファースト主義はまさしく「集団的ジコチュー」だとは言えまいか。
もしも社会総体の富が増えている成長期であれば、自分たちの利益も自分たち以外の利益も同時に増えるので単なる利益配分の問題、つまりあまり褒められたものではないが、「自分たちの方がちょっとだけ得をさせてもらうよ」的な軽いニュアンスで収まる。
しかし、総体的成長が停滞しているゼロサム社会においては、「自分たちが利益を得る」こと、イコール「自分たち以外の人々は貧しくなる」ことに他ならない。こうなると、自分たちファースト主義は、社会的格差を前提に搾取と差別を伴う深刻な社会問題の元凶となる。しかも搾取や差別を通じて、その格差を加速度的に拡大させる。
そこで改めて現代を考えると、まさしく先進諸国は押しなべて成長停滞のゼロサム社会になりつつある。唯一の例外は今なお労働力人口が増えている米国だが、以前と比べれば明らかに成長率は低下しているうえに、労働力人口増加の主要因である移民をもしも排斥するようなことがあればゼロサム化は必至だろう。そのような状況の下だからこそ、これ以上の格差や差別を助長しないために、自分たちファースト主義は厳しく糾弾されなくてはいけない、と思う。
さて、 ダイバーシティ(Diversity)の語源はラテン語で「di:離れて・バラバラに+verse:向く・方向転換する(英語のturnと同意)」で、「多様性」と日本語訳されることが多い。
語源に戻って接頭語や接尾語を入れ替えると反対語や類似語を系統だって理解できるが、ダイバーシティの場合はdiを「uni:一つに」に入れ替えて、宇宙や全世界、統一を意味するユニバース(Universe)が反対語になる。
統一的な法則による秩序ある天体の配置こそが、宇宙が宇宙たる所以ということなのだろう。また、形容詞のユニバーサル(Universal)は「一般的・普遍的・統一的・均一的・共通の」などに和訳されることが多い。派生語として総合大学を意味するユニバーシティ(University)もあるが、多様な知恵や人材が一つに結びつく理想の場として発想されたと言われる。
一般的に今の風潮ではダイバーシティは肯定すべきポジティブな概念だと言って間違いあるまい。ならばその反対語はネガティブなのかと思いきや、これまたポジティブな印象が強いユニバース/ユニバーサル。
実はここにダイバーシティを実現するうえでの難しさ、さらに言えばダイバーシティそのものの脆さがあるように思われてならない。
というのも、 ユニバーサル(統一)は強者が常に理想とするゴールであり、過去には領土や宗教、政治などあらゆる領域において強者による、強者のためのユニバーサル化が企てられてきた。まさに「人類の歴史はユニバーサル化の歴史であると同時に戦争の歴史」と言えよう。
そしてユニバーサルの御旗の下では、内部の結束や規律を強めるための教義や規範を生み出す一方で、異物に対しては邪魔モノ扱いして排除するか、無理やりにでも同化させようとして、ダイバーシティを決して許容しない。
その意味で、ユニバーサルとダイバーシティはまさに事実上のトレードオフの関係にあり、「両方とも大事だよね」なんて甘っちょろい世迷言は成立しない、と私は考える。
そして現代において、その対立構造を一層複雑にしているが、先に言及した「自分たちファースト主義」なのではなかろうか。
すなわち、「ダイバーシティ(多様性)かユニバーサル(統一)か」の構図に、新しい選択肢として「自分たちか自分たち以外か」が加わったことで、自分たちという集団の内部に対して均一化を強める一方で、自分たち以外の人々に対しては我関せずの無関心を貫く。
その結果、社会には無数の島宇宙的な集団が、相互に干渉せずに並列的に存在することになろう。しかも、集団間の社会的格差の拡大とともに、「富める集団の無関心」と「貧しい集団の憎しみ」も同時に強まっていくことだろう。そんな現代社会の落とし子が、ISIS(イスラム国)やテロリズムだと言えよう。
そのような社会の姿は、一見するとダイバーシティ(多様性)と言えるのかもしれない。確かに「di:離れて・バラバラに+verse:向く・方向転換する」の語源と矛盾はないようにも思える。
しかし今日求められているのは、自分たち以外に無関心な「冷たいダイバーシティ」ではなく、相互に認知しあいつつも過干渉しない、言い換えれば邪魔をしない「暖かいダイバーシティ」なのではなかろうか。
そんなことを考えながら、今年1、2月に拙著『ダイバーシティとマーケティング』の校正をしていたことをふと思い出した。本書が読んでいただけた方々のお役に少しでも立てれば、筆者冥利に尽きるというものだ。
四元正弘(よつもと・まさひろ)
四元マーケティングデザイン研究室代表 元・電通総研・研究主席
1960年神奈川県生まれ。東京大学工学部卒業。サントリーでワイン・プラント設計に従事したのちに、87年に電通総研に転籍。のちに電通に転籍。メディアビジネスの調査研究やコンサルティング、消費者心理分析に従事する傍らで筑波大学大学院客員准教授も兼任。2013年3月に電通を退職し独立、現在は四元マーケティングデザイン研究室代表を務め、21あおもり産業総合支援センターコーディネーターも兼職する。
本書は、LGBTの当事者や企業戦略担当など、ダイバーシティの現場にいる人への取材を通して、「イノベーションにつながるダイバーシティ戦略」や「性的マイノリティの視点」を取り込むことで生まれる新しい企業戦略、マーケティングについてまとめた書籍です。ダイバーシティ経営の実践こそが、企業価値を向上させる本当のマーケティングになっていく時代の1冊です。
【目次】
はじめに ドラッカーで考えるマーケティングの基本と本質
第1章 ダイバーシティとはなにか
第2章 性的マイノリティ差別の背景と転換点
第3章 市民・政治の両面で進む性的マイノリティ支援の動き
第4章 LGBTマーケティング1 ~LGBT当人を顧客に想定するケース
第5章 LGBTマーケティング2 ~LGBTを社会運動のテーマとするケース
第6章 性的マイノリティとイノベーション経営
第7章 当事者から見たダイバーシティ・マーケティング参入の注意点
第8章 LGBT視点のマーケティング事例
第9章 改めて考える「ダイバーシティに企業やビジネスはどう向き合うか?」