今の私があるのは市川さんのおかげ
その4年ぶりの仕事で、いろんなアングルからコマ割りしている企画コンテに対して、市川さんは定点からの1カット撮影にした演出コンテを提案してきました。感心して、採用しました。
しかし、そのCMの仕上がりは…イマイチでした。
それから半年後、「しろ」のCMの演出コンテ出しの打ち合わせで、市川さんが「最近、映画にかまけて、広告づくりをなおざりにしていた」と言いながら、同じ手法の演出コンテを出してきたのです。
半年前のことがよぎり、採用すべきかどうか、とても悩みました。でも、市川さんは、前回の言い訳を一切しません。前回からの改善点なども一切言いません。
「同じ手法ですね？」という非難めいたニュアンスを込めた私の質問に、「そうだね」と、ただ微笑んでいました。
紙の上に描かれた2次元の世界が、3次元となって命を吹き込まれる間に起きる摩訶不思議なこと、それに賭ける勇気を試されていたのです。
結果、「しろ」のCMは、売上に貢献し、国内外で広告賞も多数受賞しました。アメリカ、ヨーロッパ、アジアの3大陸の国際広告賞の受賞作だけを集めて選出される「THE CUP Award」では、その年の飲料部門の最優秀賞になりました。
世界の広告業界のカリスマDavid Drogaが審査員長をしたSPIKESで金賞を受賞した表彰式の壇上で、Drogaが「私は、このCMが今年の一番だと思う」と耳打ちしてくれました。市川さんの演出技術は、世界にも認められました。
7年前、私は仕事がゼロのまま、会社を設立しました。4ヶ月後に、東日本大震災があり、日本中の広告制作が止まりました。不安になる時、市川さんのご自宅で聞いた逸話を思い出しました。
フリーになった市川さんは、仕事がなくて不安で不安で、一日中、電話機の前に座っていたと。そして、「私はこれで、会社を辞めました」のCMがヒットして、すべてが変わったと。
「ひとつのCMが自分を救ってくれたんだよね。だから、思うようにしてるんだ。面白いCMは、人の何かを変えられるんじゃないかと」
市川さんは、人間の愚かさを、不完全さを愛おしんでいました。そして、CMへの揺るぎない愛があったから、CMを見る人の感受性、寛容さを信じて、強い表現をつくり続けられたのだと思います。
市川さんと仕事ができたおかげで、今の私があります。市川さん、ありがとうございます。
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