自分の中から出てくる音楽は「小学唱歌」だった
細野:そう、全部詞先なんです。これは面白かったですね。
澤本:それはやっぱり普段、自分だとないものが出てくるということですか?
細野:そうですね。それもあるし、松本隆の詞が音楽的なんですよ。既に歌になってるんです。読むとメロディが出てくるような歌詞だったんです。
澤本:『ピンクのモーツァルト』とか、おかしいですよね。
細野:おかしいと思う(笑)。
澤本:詞を読んでると、音が出てくる感じなんですか?
細野:そうなんです。出てくるときはすぐつくれるし、出てこない場合もあるから、そういうときはなかなかつくれないで難航します。
澤本:詞でいうと、僕らの中でイモ欽トリオもそうだけど、『風の谷のナウシカ』が。
中村:えっ、そうなんですか?
澤本:そう。ナウシカはどういう流れでお仕事されたんですか?
細野:楽じゃないんですよ。〆切もあるし、缶詰にされたりすることもあるしね。とにかく詞はもうできてるから、それを持っていって曲をつくるんですけど、すぐできる場合は楽勝なんですけど、できないときはストレスが大変ですね。まぁ、でも、今までやってできなかったことはなかったから、大丈夫だったんだな(笑)。
澤本:曲をつくるときは歌い手の声を気にされるんですか?
細野:もちろん、音域もあるしね。松田聖子は上のCまで出る、無理すればC♯、Dまで出るなど。とにかく上が一番大事だったんですよ。
澤本:高いキーが。
細野:松本隆が最初にやったのか定かじゃないんですけど、ポップスはAだけだった時代があって、次にBが出てきて、サビが出てきて、サビがみんな覚えやすいと。ところが80年代になると、Cが出てきて、サビの2番目。Cはじまり、大サビ、小サビが出てくる。大サビからはじまると。これがだんだん多くなってきて、松本くんから届いた詞はだいたい大サビが最初に書いてあるという。
中村:そこは指定があるんですか? それとも大サビっぽいという書き方なんですか?
細野:指定はないんですよ。暗黙の了解みたいな。そういう風に松本くんがポップスの中で一番洗練されていた時代ですね。
中村:あとは時流、最近の音楽としてのブーム、流行りを取り入れたり、あえて裏切ったりを考えたりするんですか?
細野:あまり流行りものを聴いたことがなかったので、いろいろ聴いてみたんですよ。でも、何かピンと来ないんですよね。自分でつくる感じがないなと。そういうのは一回忘れて、自分の中から出てくるものだけにしていたら、小学唱歌みたいになってきて(笑)。
澤本:小学唱歌(笑)。
細野:これは自分のソロでは絶対にできないし、自分では歌えない。詞が先にあって、曲をつくっていくと、自分の中で眠っていた唱歌が出てくるんです。これはアメリカにもないし、昔の日本にもない、へんてこりんな世界だと思ってやってたんです。
澤本:ご自分の中で歌謡曲として、「これはチャレンジした、よかった」と覚えてらっしゃるものはありますか?
細野:ヒットしなかった曲で愛着がある曲は何曲かありますね。タイトルも忘れちゃった(笑)。そういうのはすぐ廃盤になっちゃうから。今度、自分なりに集めてやってみます。
中村:逆にヒットがわかるということも、ずっと続けて来たらあったりするんですか? 曲ができたときにこれは結構いくんじゃないかと。
細野:そこらへんの勘は、僕は全然ダメで正反対。アメリカのポップミュージック トップ20を聞いてきて、アメリカのポップミュージックは良いと思った曲がヒットするんですよ。それは当たるし、ヒットしてない曲は駄作だったからつまらなかった。シンプルでわかりやすかったけど、日本はわからないんです。
これのどこがいいんだという曲がヒットしてるので(笑)。よく考えたら歌詞なんですよね。歌詞がよくないといけないけど、僕は歌詞という感受性がないの。右脳で聴いてるので。
澤本:言語じゃなく音声として聴いてるから。
細野:全部、音で聴いてるんですよ。自分でつくるときは仕方なく歌詞を考えてますけど、苦労するんです。音楽は数秒でできるのに歌詞は1週間かかったり。
中村:ギャップがありますね。常人からは想像できないです。
細野:みんなそうですよ。そういう風に言ってる人は多いですよ。