しかし、急速に進化するテクノロジーを有効に活用できる企業は、それを成し得るだろう。このような時代に企業のブランドやマーケティングを担う者には、テクノロジーを最大限活用し、生活者のニーズを起点に新しいビジネスやサービスを生み出していくことが求められている。
テクノロジーの進化とあらゆるもののデジタル化により、私たちの生活は大きく変化している。多様化かつ流動化する生活者のニーズや期待に応えるために、マーケターひいては企業には、どのような変革が求められているのか?
デザインとイノベーションについての最新トレンドをまとめたレポート「FJORD TRENDS 2017」日本版の編集に携わったアクセンチュア・インタラクティブ シニア・マネジャーの浦辺 佳典氏と高山 さえ子氏に話を聞いた。
“顧客体験”中心のサービスイノベーション
「現代はAmazonやApple、Googleのような生活者中心に研ぎ澄まされたサービスを設計・提供する企業が生活者の体験を高め、高められた体験が生活者にとっての基準値になってきている」と浦辺氏は語る。
これらの企業の登場により、生活者はAmazonの配送スピードやGoogleの検索性といった世界最高水準のサービスレベルの体験を求めるようになってきている。それらの基準を下回るサービスレベルは、生活者にとってネガティブな体験となり得る。
「その結果、ビジネスに多大なる影響を与えることになります。例えば、より高い水準のサービスを提供するUberの登場により、従来のタクシー会社はユーザーを失う危機にさらされています」(高山氏)。
日々、変化する生活者のニーズを捉え、高い顧客体験価値を提供することが企業の利益や生き残りに影響を与える時代と言っても過言ではない。両氏が所属するアクセンチュア・インタラクティブは、「顧客起点で、デジタル時代の企業変革を担うビジネス・パートナー」(浦辺氏)として、生活者視点によるブランドの位置づけ・サービスの再考、戦略立案から実行・改善まで幅広い業界の企業に向けた支援を行っているが、「日々クライアントと接する中でも、企業目線ではなくあくまで生活者目線で、企業都合ではなく顧客体験をもとに、自社のサービスやビジネス全体を再考することが必要になってきている」と浦辺氏。
今日のデジタル時代において、変化の激しい生活者のニーズを理解し、そこから顧客起点の新しいサービスを生み出すための鍵となるのが「イノベーションやデザインの最新トレンドを把握すること」、そして「その先に起こりうる世界を予測すること」だ。
アクセンチュア・インタラクティブ傘下のフィヨルド(Fjord)が2008年から毎年発表している「FJORD TRENDS」は、前述の「顧客中心」の考え方をベースに、デザインとイノベーションの最新トレンドをまとめたレポートだ。調査には5大陸22拠点の800人を超えるデザイナーおよび開発者が関わっており、社会や企業、サービス、テクノロジー、生活者など、世界や時代の変化をあらゆる視点から捉えたトレンドとなっている。
今回、最新の2017年版でとりあげている8つのトレンドから、2名に特にマーケターがおさえておくべきトレンドを3つ挙げてもらった。以下のトレンドの重要性を認識することは、生活者起点の新しいビジネスやサービスを生み出すための足掛かりとなるだろう。
「FJORD TRENDS」で提示された8つのトレンド
Story TellingからStory Doingへ
ひとつ目は「エフェメラルストーリー」。このトレンドが提示しているのは、これまでのStory Tellingという手法が、効果がなくなりつつあるということ。高山氏は「これまでのマーケティングの手法は、完成したストーリーやメッセージをブランド視点で発信する、“Story Telling”によるものだった。
しかし、スマートフォンで簡単に写真や動画を撮影することが可能になり、また、常にネットにつながった状態にある現代の生活者は、ブランドから体験し感じたことから、自身が解釈したストーリーをクイックに発信していく。デジタル化時代においては、このような “Story Doing”の手法が中心になってきている。
こうした環境では、生活者によってつくられる“短命(エフェメラル)”(※)な一つひとつのコンテンツが、飽和状態を招いている。ブランド視点で一方的に物語を発信することが困難になってきている現在、完成されたストーリーを一方的に発信するのではなく、「生活者と一緒につくり上げること」すなわち「生活者自身の体験から作られるストーリーを発信してもらうために、ブランドを定義し、設計すること」が大切。つまり、ブランドとして、何を価値として提供するか、ブランドの存在意義を考えることが必要となる」と説明する。
このような、顧客とともにストーリーを作っていく時代にマーケターに求められるのは、次の3点だ。
1 マーケティングチームの役割は、完成された質の高いコンテンツを制作するクリエーターから、コンテンツを編曲するオーケストレーターとしての役割に変化する。そのためには、人間中心の思考ができる、ジャーナリストやUXコンテンツ戦略家といった人材が必要となる。
2 自社の顧客を理解し、適切なコミュニケーションで適切なコンテンツを展開するコンテンツマーケティング戦略を立てること。例えばアプリやスマートフォンカメラのフィルターの使い方、ライブへの移行など、コミュニケーションの在り方が、技術と共にどのように変化しているのかを認識し、あらゆる接点におけるコミュニケーションに適用することが求められる。
3 コンテンツ公開後に繰り返しテストし、管理するためのチームや、インフラを整備すること。説得力のあるコンテンツを制作・活用し、求められる顧客体験を提供するためには、実験的精神と、適切な管理体制が不可欠だ。
AIもブランドを体現する存在に進化を
2つ目が「AIの感性」。日本でもあらゆる業界で注目が高まっているAI(人工知能)だが、マーケティング領域では2016年頃からAIを搭載したチャットボットの開発・導入が急速に進み始めた。これが意味することとは、顧客接点のひとつとしてAIが浸透し“企業の顔”になっていくということだ。
高山氏は「今後自社のブランド価値を高めていくためには、AIも、ブランドパーソナリティを体現した存在へと進化させる必要がある」と説明する。企業・マーケターには、AIの人格(ペルソナ)が顧客体験となることを理解し、自社のブランド価値と合致するAIの人格(ペルソナ)を考え、適切なサービスをデザイン・開発することが求められる。また、顧客が「自分が対話しているのはAIだ」とわかるよう、顧客とのコミュニケーションにおいて誤解が生じないような工夫も必要となるだろう。
自社ブランドの立ち位置を再定義せよ
3つ目が「二極化されるブランド」。業界や領域を問わず、ブランドが置かれている状況は二極化しており、中途半端なブラントは淘汰されていくと指摘。
ブランドの二極化
1 いかなる市場においても柔軟に対応できる、もしくはサービスのエコシステムを形成できる大きなプラットフォームブランド。具体的には、あらゆるサービスを提供するプラットフォームとして“面を押さえ、ユーザーを囲い込む”ブランドを指す。例えば、コンビニエンスストアがその一例だ。そこではATM、コーヒー、ドーナツなど、あらゆる商材・サービスを扱っており、生活者は、コンビニエンスストアに行けば、自身が望む体験を得ることができる。
2 独特の視点を持ち、明確な目標を掲げて特定の分野に特化したスペシャリストブランド。具体的には、面を押さえるブランドに“深く入り込む”ブランドだ。例えば、前述したコンビニエンスストアで売られる商材(コーヒー・ドーナツ)等がこれに当たる。ビザカード、マスターカードなどのクレジットカードブランドも同様に、これに該当する。
「今、その中間にあるブランドは自社のビジネス価値や自社が目指すブランドの位置付けを再定義し、状況に応じて自社の戦略を再考しなければならない。自社の強みを見つけて差別化を図るために、現在どの立ち位置にいるのか、ブランドミッション・目的に即したサービスを提供できているのか、ブランドミッションを見直すべき時が来たのか、順応性高く変化し続ける必要があります」(高山氏)。
<トレンドが示す3つのメタテーマ>
変化が激しいデジタル時代において、トレンドやインサイトを把握し、そこから生まれるイノベーションを理解することがこれまで以上に重要になってきている。浦辺氏によれば、「今回提示された8つのトレンドから『デバイスのためのデザインから、生活空間のためのデザインへ』、『企業と顧客の関わり方の変化』、『信頼関係の築き方の進化』という3つのメタテーマが浮き彫りになってきた」という。
最後に、これらのメタテーマを軸に今後予測されるイノベーションについて語ってもらった。
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