「目的」と「戦略」を示すことで期待以上の結果が得られる
伊東:P&Gでは昔も今も変わらず、「目的は何か」が合言葉です。目的をどう定義するか、徹底的に突き詰めるのが基本作法。そこから、勝つためにどんな戦略を選ぶかというところに音部さんのユニークネスがありました。
—本書では、戦略の成否の鍵は「目的の設定」にあると説いています。P&Gでは、なぜ「目的」を大切にしているのでしょうか。
伊東:P&Gは、ブランドマネジメントシステムを発明した企業であり、最小の経営単位を各ブランドとし、そのオーナーをブランドマネージャーとしています。つまり、組織体制上は「下から2番目」の役職者が、すべての戦略と結果に責任を持つのです。そこでは、職位の壁を超えて自分の考えるプランを説明し、説得する必要に迫られることが少なくない。
そこで有効な手段として「目的」と「戦略」を軸に話すことが定着したのかもしれません。加えて、「目的」と「戦略」を明確にすることで、広告会社などの外部パートナーに対しても、思考の「幅」を提示できます。これによって、エグゼキューションの自由度を高めることができるんです。あらゆるステークホルダーと「目的」と「戦略」を軸に話すのがカルチャーとして浸透しています。
—「戦略」を考える環境について、かつてと今とで違いはありますか。
伊東:良くも悪くも、「資源」は大きく変わったと思います。使える「資源」が、爆発的に増えました。
音部:使える「資源」が豊富な分、戦略にはよりスピードが求められるようになったと感じます。つまり、時間という「資源」は圧縮されたと見ることもできます。同時に、「資源」が増えすぎたために、どれを使うべきかという取捨選択に時間がかかりがちという現実もある。「資源」に誘惑され、目的達成に必要のないものまで取り入れてしまうリスクもあります。
伊東:「資源」として使い得る、デジタルテクノロジーや、それを用いたツール・サービスに関心を持つマーケターは多いと思います。そのこと自体はもちろん否定しませんが、一方で「目的」や「戦略」を考えるという基本の部分が疎かにされがちであるとも感じます。
どんなアスリートも、ランニングや筋力トレーニングをして基礎固めをします。マーケターにとってのそれは、「目的の定義や、戦略の使い方を学ぶこと」。基礎を完璧に理解すれば、次々に登場する新しいツールにも柔軟に対応できますから。
音部:アスリートは、調子が良いときの自分のフォームを録画しますよね。不調のときにはそれを見ながら問題点を見つけて、必要があればフォームを修正する。戦略思考は、マーケターにとってある種の「フォーム」と言えます。
自分の「フォーム」をきちんと認識し、施策ごと・プロジェクトごとに的確にレビューができていれば、たとえスランプに陥っても、自助努力で回復できる。優秀なマーケターに不可欠な要素である、成功パターンの再現性を担保することにもつながります。目的が明確でないと、正しいレビューはできません。「目的から始める」ことの意義は、ここにもあります。
伊東:「目的」と「戦略」を決めて実行した結果、思ったような結果が得られたか。想定より悪い結果が出たときは当然ですが、良い結果のときにも「なぜ想定と違ったんだろう?」と疑問に思うことが大事です。
自分の「フォーム」と、それによって導き出される結果をコントロールできる必要がある。想定外の大成功をするより仮説を的中させるほうが、戦略思考の精度は高いと言えますし、マーケターとしても優れていると言えると思います。