人間に大事なものは伝統工芸の中にある
各務:「GO ON」に取り組んでいるメンバーは、京都の伝統工芸の中でも先駆的な取り組みで実績を上げています。ただし日本全国では厳しい状況に置かれている伝統工芸も多いと思います。何かアドバイスはないでしょうか。
細尾:1000年や3000年といった長い時間を超えてきたという軸で見る必要を感じています。面白いなと思ったのが、2030年に人類が火星に行く計画が進んでいますが、火星に到着するまでに半年もかかるそうです。
そうなると、単なる移動ではなく生活になる。アメリカ的な考えでは、メンタルトレーナーをつけて、ジムを完備してという発想になるかもしれませんが、人間の心を落ち着かせるのはシルクの着物の肌触りの方がいいかもしれません。人間が何千年と身に着けてきたという実績がありますから。
人間にとって大事なものが何かという答えが、実は伝統工芸の中にあるのではないかと思っています。
各務:僕は織物や器などの伝統工芸が、もっとリアルな生活の中に普通に存在している世界を取り戻したいですね。京都のお料理屋さんでも京焼の器を使っているところは、意外と少ないですし。
岡崎:自分たちが想像できない未来に行くためには、まず試してみてネックになるものを見つけて、それを順番に変えていくということをしなければいけないでしょう。
京都の料理屋が伝統工芸の器を使わないのはなぜか。それは税金の問題もあると思います。茶道の家元が使うような器をそろえれば、とんでもない税金を払わなければいけなくなります。だから、各務くんが理想とする世界を実現するには、そういう制度面を取り払う必要がある。
でも京都はその実現が得意なはずです。例えば、ある料理組合に所属すれば、そこで出す茶器や食器に対しては税控除するということが考えられるかもしれない。
各務:今後、「GO ON」を進めていく上で、気を付けておくべき点はありますか。
岡崎:それは「GO ON」が、ボロもうけしたらダメだということです。文化はそこに住む人たちが長い時間をかけてつくってきたものです。だから売り上げばかりを追うのではなく、京都にいる人たちに恩返しをしなければいけない。
僕は江戸っ子ですが、祇園の旦那衆の弟分にしてもらって、旦那衆の次のポジションぐらいには入れてもらえたと思います。でも自分はよそ者だから、どこか離れていないとダメだと思っていました。そして、いまは距離を置いています。
各務さんは、しがみついているような感じがしますけどね(笑)。
各務:はい、京都にのめり込み過ぎています(笑)。
岡崎さんがおっしゃった、“ボロもうけしない”という商売哲学は、京都の美学ですよね。京都にはフェアな状態をキープしておくための、仕組みがうまく出来上がっていると思います。
しかし、そんな関係性がときに「しがらみ」となりイノベーションの妨げになります。そういう部分を、よそ者である自分がお節介してお役に立てればと思っています。
細尾:外の文化を取り入れていくことは、伝統を残していく上でも大切なことです。常に環境が変化していますから、それに対応するため伝統も異質なものを取り込んでいかなければいけないと思います。
その点、フランス人は伝統をつくり上げるのがうまい。ドン・ペリニヨンのブランド責任者に会ったとき、「おまえたちはそんなにいい物を持っているのに、世界に出すのがなんて下手なんだ」と言われました。
岡崎:ドン・ペリニヨンのシャンパンは、きちっと型を守っているところがすごいですよね。ロマネ・コンティは、畑の土がローマ帝国の土だから高額なもので1本150万円以上の価値がある。けれど、その隣の畑のワインはほぼ同じ土なのに区画が違うから1本3万円程度なんですよ。こんなふうにもう変えられない“時間”に価値を置くという方法は、フランス人が得意です。
細尾:「GO ON」のメンバーに朝日焼の16代目がいます。そこで使っている土は100年前の土なんです。でも彼にとってはそれが当たり前だから、わざわざ言わないんですよ。僕も最近知ったくらいですから。
京都には本人も気付いていない価値がたくさんあるんだろうと思います。約3600社の伝統工芸の会社があるのに、そこから経済が生まれる仕組みができていません。例えば京都で1000年という時間をコンセプトに、世界中からクラフトの才能が集まるような祭ができないかと妄想しています。
そして、伝統工芸の担い手を一人でも多く増やしていきたいです。
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