バルミューダにみる、製品スペックを超えた体験価値

【前回コラム】「アップル、トヨタ、スノーピークにみるブランド価値の共創」はこちら

前回は体験ブランディングのわかりやすい例として、アップルストアとスノーピーク、トヨタ86の購入後に始まる消費者とブランドのストーリーを例に挙げました。今回は、商品を購入する前や、商品企画の段階における体験ブランディングについて考えてみることとします。

商品の購入後にもたらされる体験価値を約束する体験ブランディング

街のちょっとしたスペースや空き店舗など、「都会のすき間」に出現する期間限定の「ポップアップストア」は、体験ブランディングのシンボリックな存在と言えます。

ポップアップストアでは、期間限定の特別感とともに商品を購入した後の幸せな生活を想起させる体験が提供されます。ファッションブランドが新商品のリリースに合わせてストリートのイベントスペースに出店したり、飲料ブランドや家電ブランドが期間限定でカフェを貸し切り、実際の商品を使用して作ったオリジナルメニューを提供するケース、その他、地方の観光誘致イベントやEC事業者のリアル出店まで、内容は多岐にわたります。

購入前に、商品のある暮らしを疑似体験させるのがポップアップストアですが、実はそれよりもっと前、商品の企画段階からの体験発想が革新的なヒット商品を生んでいます。

たとえば、高原のような気持ちいい風をつくる扇風機やメチャクチャおいしいパンが焼けるトースターをつくることで有名なバルミューダという家電ブランドがあります。彼らの商品を見たり触ったりして個人的に感じたのは、彼らは「磨いた技術力を製品化すれば売れる」ではなく、「買ってくれた人に感動の体験を提供したい」という想いでつくっているのではないか?ということでした。

そう思って調べてみると、書籍や社長の寺尾玄さんのインタビュー記事で「これぞ体験ブランディング!」な言葉がたくさん見つかりました。

「バルミューダの開発チームが議論するのは『使うユーザーの人生について』。人の生活を通して、製品のあるべき姿を考えていく。」*1

「バルミューダでは自社製品の機能や性能を声高に訴えることはありません。伝えるべきは「気持ちよさ」「心地よさ」だと思っているからです。扇風機なら風速の数字より、風の心地よさのほうが大事でしょう? 単純にそういうことなんです。」*2

「私たちのような会社がこの社会の中で勝負していくことを考えると、生きる方法はひとつしかありません。ふつうの道具と私たちの作った道具、何が違うかといえば、やはり体験です。質がいいだけじゃだめなんです。提供できる体験が、いいものでないとならない。」*3

こうした人が感じる心地よさや使う人のライフスタイルのことを考えてつくられた製品は、自ずとスペック云々を超えた体験価値を持ち合わせているはずです。そして実際に使った人が「うわ、これはスゴい!」と感動する。だから口コミで人気が広がって、オーダーが続いているのだと思います。

バルミューダ ザ・トースター。人が感じる心地よさや使う人のライフスタイルのことを考えてつくられている。

最初の企画段階からすでに体験ブランディングが始まっている–これはトヨタ自動車の86にも言えることです。開発者の方がさまざまなメディアのインタビューに答えていますが、「スポーツカーファンがほしいと思うクルマが今ないんだ」というところから始まって、「速さより運転したときの楽しさを一番に考えて完成させた」という話はとても参考になります。発売後のコミュニティづくりももちろん大事なのですが、それ以前にユーザーがハンドルを握ったときの幸せな姿を想像して企画し、実際に感動体験を提供できる商品であることは、どちらも欠かせないことだと思うのです。

次ページ 「「買う前→買った後→買い替え」の全部に関与する」へ続く

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藤井一成(ハッピーアワーズ博報堂 代表取締役社長/クリエイティブディレクター)
藤井一成(ハッピーアワーズ博報堂 代表取締役社長/クリエイティブディレクター)

1999年から博報堂でインタラクティブクリエイティブを軸に統合キャンペーンを手掛け、その後グループ内ブティック、タンバリンに参加。2016年より同社代表に就き「ハッピーアワーズ博報堂」に社名を変更。

“これでいい…”という消極的選択が溢れる成熟社会で、「ブランド」と「生活者」の関係性をアップデートする“至福”の体験価値をクリエイティブし、ブランデイングとマーケティングの両輪を動かしている。

藤井一成(ハッピーアワーズ博報堂 代表取締役社長/クリエイティブディレクター)

1999年から博報堂でインタラクティブクリエイティブを軸に統合キャンペーンを手掛け、その後グループ内ブティック、タンバリンに参加。2016年より同社代表に就き「ハッピーアワーズ博報堂」に社名を変更。

“これでいい…”という消極的選択が溢れる成熟社会で、「ブランド」と「生活者」の関係性をアップデートする“至福”の体験価値をクリエイティブし、ブランデイングとマーケティングの両輪を動かしている。

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