【前回記事】「「パナソニック宣伝100年の軌跡」(6)暮らしを見直す、きっかけづくり — 住宅設備・電気設備の広告篇」はこちら
2018年に創業100周年を迎える、パナソニック流の宣伝に迫る対談。第7回は「調理家電の広告篇」です。冷蔵庫、炊飯器、電子レンジなどの進化は調理を格段に楽しく、便利にしてきました。それと同時に、新しい食のありかたを提案し、日本の食卓に彩りを添えてきたのが調理家電の広告です。
今回は、広告に出演された女優・星野知子さんと、クリエイティブディレクター・草川衛さんの対談です。
便利な調理家電が実現する豊かな食生活
—星野さんがパナソニックのCMにご出演されたのは1980年代でした。
星野:冷蔵庫の容量が大きくなったというCMに出演したのですが、私の身長が170センチあって、横に立つとせっかくの冷蔵庫が大きく見えなくて……。本当に私でいいのか、引け目を感じたことを覚えています。
デビューして間もなく起用していただいて、若かったですね。
草川:星野さんの起用は、パナソニックの宣伝部門で決定されていて、若くて元気な星野さんのキャラクターをどのように生かすかというところから、CMのプランづくりを始めました。
星野:今のように撮影してすぐにモニターで確認できないので、じっくり何回も撮影していましたね。リハーサルも丹念に行われ、妥協がない、時間と労力のかかった迫力ある現場でした。
草川:冷蔵庫のカラーを10色から選べるカラーオーダーのCMは、冷蔵庫をスタジオに搬入するだけでも大変でした。今なら簡単に色変換できますけれどね。
星野:ミュージカル風に歌いながら登場する冷蔵庫のCMは、ダンスの練習から始めました。プロのダンサーの皆さんと踊ることができて、楽しかったです。
草川:星野さんと一緒にいろいろと面白い企画を経験させてもらって、ありがたかったですね。当時もパナソニックの宣伝部門には、ユニークで美意識も強い方々がそろっていました。皆さん、人を惹きつける技や作法をそれぞれお持ちで。だから制作の現場は、その人を失望させたくない、という意識が強かったです。そうした信頼関係やチームワークが成立していました。
—冷蔵庫は当時すでに普及していましたが、草川さんは、家庭になじみのなかった新しい調理家電の広告も制作されてきました。
草川:70年代までさかのぼりますが、電子レンジが登場した当時は、もちろんまだ家庭に浸透しているとはいえない状況ですから、使い方がわからないという人も少なくありませんでした。だからレシピの提案や商品の使い方の紹介などをしながら、商品を知ってもらう、なじんでもらうということが、その頃の広告の大きな意義でしたね。今ではネットでレシピをすぐ検索できますが、当時はそうはいきません。広告がひとつの情報だったわけです。
星野:おいしそうな料理のレシピが出てくる広告は見入ってしまいます。今から40年近く前の雑誌広告には、電子オーブンでローストビーフやクロワッサンをつくるレシピを紹介しているものもあったんですね。見ていると挑戦したくなります。おそらくどちらも今ほど身近なメニューではなかったでしょうけれど、それを家庭でつくれます、と提案する広告は斬新に映ったでしょうね。
草川:「食べたことないでしょ」というシリーズ広告を先輩たちがつくっていました。これは印象深いものでしたね。電子レンジなどを使った料理をいろいろ出していくもので、コピーが素敵だったんです。料理研究家の方にお願いしてメニューを決めていきました。
星野:調理家電の広告の歴史を見ていると、日本の食卓がどんどん豊かになっていくのがわかります。