課題の「発見」だけでなく「解決」までを
「Yahoo!ニュース 個人」で記事を書く際、意識しているのは「貧困問題をよく知る者として恥ずかしくない文章を書く」「子どもの貧困問題に取り組む現場の人たちの活動を応援する」「とにかく数多く読まれる」ということ。インタビュー記事であれば、「本人以上に、本人の言いたいことを表現する」ことを目標にしている。
「いろいろな景色を踏まえて書いているつもりなので、それまでに書いてきたものとは書き方が全然違うんです。貧困問題って関心がなかったり偏見があったりする人もいて、人それぞれ何かしらの疑問を持っていることが多い。だから読んでいるうちに『こんな疑問がわいてくるんじゃないか』『こんな反発があるかもしれない』などと考えながら書いています。そしてその疑問に対する答えを入れておく。
記事は一方向の発信なので、どれだけ読者の疑問を先回りして考えられるかが大事。そこにいろいろな景色を見たことが活かされているんです」。
記事の反響も大きい。これまで40本の記事でPVは2000万を超え、一つの記事がSNSで2万以上シェアされることも。読者のアクションにつながることも少なくなく、記事で紹介した団体に多くの寄付が集まったり、支援を申し出てくれる人がいたり……その声は国内だけでなく海外から届くこともある。
「Yahoo!ニュース 個人」の編集担当である清水康次郎氏は「ネットの記事はある程度の長さを超えると完読率が落ちますが、湯浅さんの記事は長文にもかかわらず最後まで読まれることが多い。それがSNSでのシェア率の高さにもつながっています。
また『Yahoo!ニュース 個人』が目指す発信のあり方として、できるだけポジティブな事例を紹介するアプローチも実践していきたいという方針があります。そうした発信をしている湯浅さんのスタンスは、我々も勉強になっています」と話す。
2016年は開始年ながら、およそ500人の「Yahoo!ニュース 個人」執筆者(オーサー)のなかで「オーサーアワード2016」も受賞した。同賞は「発見と言論が社会の課題を解決する」ことを最も体現した執筆者に贈られるもので、課題の理解促進や解決につなげようと尽力する姿勢が評価された。「社会の課題を解決する」という点は、メディアに対して自らが求めることでもあると湯浅氏は話す。
「最近は情報がどんどんカスタマイズされて、読者は自分が読みたい記事しか読まなくなってしまっています。そんな状況だからこそ、メディアにはこれまでとは違う役割も求められており、それを私は、読者のメディアリテラシーをいかに育てるかということだと思っているんです。
メディアは『見えないものを見えるようにする』という、社会の課題発見を主に担ってきました。ただそれはあくまで発見までであって、それだけでは解決にはつながらない。
私自身の問題意識とも重なるのですが、解決のために必要なのは、やはり『目線を合わせる』こと。意見の異なる人たち同士、それぞれの見え方がわからないと目線は合わない。そして目線が合わない限り、課題は解決の方向には向かわない。
例えば、いろいろな意見が交わされるような『場づくり』をして、読者の目線を合わせていくこともメディアにはできるんじゃないかと思うんです。そのために私もできることはやりますし、一緒にできることがあればいいですね」。
「事故は起こせないけど、事件にはできる」
「目線を合わせる」ことの実践の一つとして、湯浅氏は2014年から大学教授として教鞭を執っている。「学生って、多くが社会問題なんて考えたことのない人たちじゃないですか。そんな彼らには、どんな景色がどのように見えているのかを知りたいと思ったんです」。
教授になって一年目のある授業でのこと。湯浅氏が勤めている法政大学には、授業の感想を書いて提出してもらうリアクションペーパーがあった。授業後、回収したリアクションペーパーを見ると、大半の学生が同じ論法で書いてきた。「今日までこんなふうに思っていましたが、今日こういうことを知りました。これからはこういうことをもっと考えて生きていきたいです」。
成績に影響しないといっても、名前を書く欄があると評価されることを意識してしまうのかもしれない。翌週の授業では、匿名で提出をしてもらうことにした。ところが、それでも同じ論法で書くことに変わらなかった。
「これは深刻だと思いました。彼らには、アウトプットするフォーマットが頭のなかにできあがってしまっている。それは、『自分の言葉っぽい他人の言葉』です。これじゃあ世の中でうまくいかなくなるのも仕方がないし、今後人工知能にだって勝てるわけがない。いまの日本の教育は、こうした子どもたちを育ててしまっているんだなと衝撃を受けた」。
湯浅氏は、それを切り崩しにいくことにした。
「だからね、私は教えることはしていないんです。学生には基本的に質問しかしない。そうしたら考えるじゃないですか。ちょっとしたことを気づかせるために質問することもあります。誰かに答えを教えられて、それをただ覚えるんじゃなくて、自分の力で答えを考える。
ただまあ、半分は彼らのためというより、私が純粋にどんな景色が見えているのかを知りたいから聞いているんですけど(笑)。大学には、私が勉強しに行っていますから」。
この授業でのことを湯浅氏はブログで、ロバート・チェンバース著『参加型ワークショップ入門』(明石書店)を引用して綴っている。
人間は、読んだことの10%は憶えている。聞いたことの20%は憶えている。見たことの30%は憶えている。(中略)自分で経験したことの80%は憶えている。自分で誰かに教えたことの95%は憶えている。
2016年には法政大学の「学生が選ぶベストティーチャー賞」を受賞。「教えるのではなく、学んでもらう」というスタンスは学生にも受け入れられている。
「伝える」ことは、一方通行とは限らない。『反貧困』編集担当の小田野氏は「湯浅さんは『伝える』ために、対話やコミュニケーションのあり方をとことん考えてきた人」と言った。路上のホームレスにも、政治家にも、大学生を相手にも、それを体現し、「伝える」を「伝わる」に変換してきた。
「Yahoo!ニュース 個人」の連載タイトルは、「1ミリでも進める子どもの貧困対策」。社会的な共感を得やすい子どもの貧困が貧困問題全体の牽引車となることを期待しつつ、「1ミリ」でも動かそうとする現場の人たちの声を伝えている。さまざまな1ミリが積み重なって5ミリ、10ミリ……と進んだ時、湯浅氏の発信が次の10年の社会における変化を物語ることになるかもしれない。
最後に改めて聞いた。この10年、伝え続けてきた先にどんな変化があったと湯浅氏の目には映っているのか。
「本当のところは、わからないんですよね。私が発信してきたことによって、少しでも何かを変えられたのか、はたまた私が何もしなくても貧困問題はいまのように認知されるようになったのか。それはでも、どちらでもいいと思う。
ただ同時にこうも思うんです。我々は事故をつくることはできないし、嵐を吹かせることもできない。そうした力はないのだけど、事故が起きたり、嵐が吹いた時に、そこに意味を与えることはできる。それを私は『事故は起こせないけど、事件にはできる』と言っています。そうしたことをやってきたし、これからもやっていくんだろうなと思っています」。
社会活動家 湯浅 誠 氏
1969年東京都生まれ。日本の貧困問題に携わる。2008年末の「年越し派遣村」村長を経て、2009年~2012年内閣府参与(通算2年3カ月)。政策決定の現場に携わったことで、官民協働とともに、日本社会を前に進めるために民主主義の成熟が重要と痛感する。NHKラジオ第1「NHKマイあさラジオ」、文化放送「大竹まことゴールデンラジオ!」レギュラーコメンテーター他。著書に『反貧困』(岩波新書、第8回大佛次郎論壇賞並びに第14回平和・協同ジャーナリスト基金賞受賞)、『ヒーローを待っていても世界は変わらない』(朝日文庫)など多数。2017年9月『「なんとかする」子どもの貧困』(角川新書)を刊行。