【前回】「「ヒットさせてと言われても」山本宇一×天野譲滋×谷尻誠×石阪太郎 座談会【前編】」はこちら
「できない」と決め付けているのは自分
山本:僕が「ヒットさせて」と依頼されてつくった案件では、三菱地所の新丸ビルの7階につくった「marunouchi HOUSE(マルノウチハウス)」があります。ビルの5階から7階が飲食店なのですが、エレベーターで5階や6階で降りてしまう人が多く7階が弱かったんです。
そこで、僕はテラスという気持ちのいい場所があるのだから、外でご飯を食べられるようにする企画を提案したら、当初は反対されました。それに僕が「ヨーロッパの田舎風」のイメージにしたいと言うので「丸の内のテラスをヨーロッパの田舎に?」と困惑もしていました。でも結局、ふたを開けてみると、これが大好評でプロジェクトに関わった人たちはみなさん出世されました(笑)。
谷尻:僕が宇一さんと一緒にお仕事をさせてもらったのは、3年半ほど前で、大阪の飲食店「CUBIERTA(クビエルタ)」のプロデュースでした。
衝撃的だったのは「屋上の階段室に厨房をつくる」と言われたことです。自分の経験からは、場所も広さも、厨房をつくるには足りなかった。そしたら宇一さんは「建物を壊したらいいじゃん」と、平気で言う。あの時は、この人は「何を言っているんだろう」と思いました(笑)。
しかし、無茶苦茶だなと思いながら、いざつくってみると実現できた。その時に、「できない、と決め付けているのは自分の経験からなんだ」と気付かされました。そして、できるという可能性を見つけられる人になることが重要だと学びました。自分の仕事に、大きな影響を与えたプロジェクトになりました。
山本:腕がいい人と仕事をする時は、あえて「無茶を言う」ようにしているんです。自分が思い描いた通りのものが出来上がっても、面白くないじゃないですか。無茶を言うと、化学反応が起きて、想像以上のものが出てくる。だから面白いんです。
谷尻:後から思うと、楽しかったプロジェクトの一つでしたが、渦中にいる時は、夜な夜な宇一さんと打ち合わせをして、本当に大変でした(笑)。
この仕事以降は、空間の企画から立ち上げるプロジェクトが増えました。泊まれる本屋がコンセプトの「BOOK AND BED TOKYO」は、本棚の向こうにベッドルームをつくったホステルです。本を読むことを目的に宿泊するという、新しいユーザー層を開拓できたことが、この企画の一番の価値ではないかと思っています。
最近、自分のオフィスも改装しました。「細胞をデザインする」をコンセプトに、大きな部屋の真ん中にオープンキッチンを設けて、オフィスと食堂の境界をなくした空間です。いい食事がいい細胞をつくり、体が健康になれば、思考もプラスになって、いいアイデアを出せるんじゃないかと企画しました。
天野:スタッフの働き方に、変化はありましたか?
谷尻:みんな明るくなりましたね。食堂スタッフが、「今日は何にしますか?」とオーダーをとって回るので、必ず同じときに食事をし始めるんです。
食事時には、一般の人も訪れるので、パブリックな場になります。写真家の若木信吾さんのオフィスも入っているので、若木さん選出の写真を飾っています。僕らにはオフィスであり、食堂ですけど、写真を見る目的で来る人にはギャラリーですし、コーヒー豆を買いに来る人にはコーヒーショップ、本を目的に来る人にはライブラリーと、来る人の目的によって名前が変わる。そんな設計事務所になりました。