この「編集」がすごい!『うんこかん字ドリル』『ろみちゃんの恋、かな?』を解説

誰もが発信者になれる時代で「編集者不要論」もささやかれるなか、編集者が介在し、「編集する」という価値は一体どんなことなのか。作家であり編集者でもある川崎昌平氏が、概念論ではなく実例をもとに「編集」を可視化させる。

『うんこかん字ドリル』は“編集”が秀逸だった!

編集者は口を開けば読者、読者と、「読者のため」をお題目にするものだが、真実、いついかなる時も読者を見据えて編集をしているかといえば疑わしい向きも多分にあって、残念なことに出版社側が長年の経験とやらをもとに勝手に決めつけた、形骸化された読者像がまかり通ることも、出版業界ではしばしばある。

とりわけ私が訝しむのは「子どものため」を謳った内容全般であり、そもそも出版社で働く編集者は大人である以上、どうしたって子どもではなく、したがって「子どもの目線」など得られようはずもなく、「子どもの気持ち」になれる道理もない。

なので世の中には「大人が押し付ける子ども像」に則った「子どものため」の本が溢れかえっており、本当にこれでいいのかしらんとひとり胸を痛めていたりしたのだが……知ったふうな口を利くだけで行動しない私の頭をぶん殴って目覚めさせてくれたのが、この『日本一楽しい漢字ドリル うんこかん字ドリル』シリーズである。

内容および大ヒットした経緯は多くの人が知るところと思う。私も書店に山積みされているのを見てすぐに小学3年生版と小学6年生版を購入したのだが、舌を巻いたのはその例文の巧みさであった。

一例を挙げてみよう。「クジラのうんこを見みたぼくは、なみだを流ながして『感』動どうした。」(小学3年生版、86ページより、「感」の字の項から)とある。素晴らしい。何がといえば、ここにおいては「感」という漢字が、ある一定量の強度を持ってユーザーの想像力を刺激する媒材として働いているからである。

不勉強なことに私は「クジラのうんこ」を見たことがない。このドリルを手にした小学生もそうかもしれない。私は「クジラのうんこってどんなものだろう?」と空想した。小学生氏もイメージするかもしれない。興味が深まればインターネットで検索したり、図鑑を紐解いたりするかもしれない。

ひとつの文言が単なる「感」の漢字の例文で終わっておらず、ユーザーの意識の幅を広くとらえている。この仕掛けが素晴らしいのである。

これがもし「映画を見て、とても感動した。」などという目も当てられないような駄文であれば、小学生氏は何の興奮も覚えず、何ひとつとして新しい知識の端緒を得られないまま、「感」の字の書き取りだけをして終わってしまったはずである。それは本当の意味での学びではない。

漢字ドリルひとつとっても、想像と思考の礎とすることができるのが、本来の子どものポテンシャルであり、私が今さっと書いたような悪例はその可能性を完全に潰してしまう、それこそクソみたいな例文であり、対して『うんこかん字ドリル』は全力で「子どものすごさ」を認めている。応援しようとしている。可能性を育てようとすらしている。

完成に結構な歳月がかかったというが、当たり前である。単純な内容ではないし、例文ひとつひとつが、丁寧に吟味されているのがよくわかる。奇を衒ったタイトルでウケた、と揶揄するウンコな意見もあるようだが、違う。ここまで丁寧に編集したからこそ、優れた学習参考書として受け容れられたのである。

子どもをバカにしない、軽んじない編集は、本当は恐ろしく難しいのだと痛感させられた1冊。堂々と学校教育の現場で使ってみたらおもしろいのに、とすら思う。

『ろみちゃんの恋、かな?』の“編集”は?

帯がない。カバーのデザインに帯のようなものが組み込まれており、アオリやキャッチもそこにある。「ははん、さては帯の印刷費用をケチったな」などと編集者らしい勘繰りで手にとりページをめくろうとすると、表2に印刷がされている。表3も然り。まさかと思ってカバーをめくれば、なんと表紙はフルカラー。要するにこのマンガ、吝嗇どころか、かなり豪華な装幀なのである。

編集者の経験から言えるのだが、「優れた素敵な装幀」はデザイナーの独創だけで生まれるのではない。「なんとかしてよいものにしたい!」という編集者の愛がデザイナーの才覚と合致した瞬間、発現するのである。はじめて本書を手にした私が感じ、驚いたのは、その「編集者の作品に対する愛」の深さに他ならなかった。

不思議な物語で、派手さもなければ起伏もなく、淡々と主人公であるふたりの少女が日々を過ごすだけの内容なのだが、これがよい。大げさではないやりとりの中に心情の機微が柔らかく描かれ、読むものを魅了する。COMITIA代表の中村公彦氏に薦められて読んでみたのだが、一読しただけで、私はすっかりこの世界観にハマってしまった。

しかし、感銘を覚えたのは私だけではなかったようで、本書に収録されたゲスト原稿の質量が、この作品がいかに多くの「マンガを愛する者」たちに愛されているかを証明している。本当にこの作品が好きだから応援する、という気持ちに溢れた作品なのである、どのゲスト原稿も。

普通、ゲスト原稿なんて巻末に数ページあるぐらいのものだが、本書は意図的に作中に織り交ぜることで、一種の扉ページのような役割を果たしている。

……本記事の続きは『編集会議』最新号をご覧ください。

作家/編集者
川崎昌平 氏

1981年、埼玉県生まれ。2007年、「ネットカフェ難民」で流行語大賞受賞。著書に『ネットカフェ難民』『自殺しないための99の方法』『小幸福論』『はじめての批評』『重版未定』シリーズ他。

 

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