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解りやすい説明、というのは一つの技能です。アナロジー(例え話)などをうまく使って、難しいことを解りやすく説明する。ことに今日において難しいことが好きな人は少数派なので、この技能はとても重宝されます。
一方で、こういうこともあります。「あの人の話、まとまりがなくてよく分からなかったし、最後とか涙声でよく聞き取れなかったけど、なんか感動した。よし、僕もやろう」。ここでは説明は成立していませんが、コミュニケーションは成立しています。「伝わって」いるのです。
広告には、この「解りやすく説明する」型のコミュニケーションと「伝える」型のコミュニケーションがあります。スティーブ・ジョブズが初代iPodの発表で使ったキャッチフレーズ、“1000 songs in your pocket”は前者の例。一方で、“Think different”はThink differentlyが文法的には自然で、differentを名詞としている解りにくい表現ですが、その違和感を含めて「伝わり」ます。
最近はこの「伝わる」タイプのコミュニケーションがあまり多くないように思われます。インターネットでは、ひとたびアテンションが取れれば「解りやすく説明する」時間と表現の自由度が担保できるため、そちらのコミュニケーションに比重が置かれがちです。
また、上記「ひとたびアテンションがとれれば」という点と密接に関係しますが、そのアテンション獲得の難しさから、いわゆる「バズ」コンテンツが重視されるようになりました。例えばバズ系の動画は、一見すると「伝える」系のコミュニケーションに似ていますが、一番の目的は拡散とアテンションの獲得なので、伝えるべくメッセージを「伝える」要素は軽視、またはほとんど無視されがちです。
もちろん、バズコンテンツを企画する際は、「バズるだけではダメだ、商品の良さを伝えないと」と全ての関係者が口を揃えるでしょう。しかし、実際には閲覧数だったりシェア数をKPIにしているはずで(メッセージの伝達を図る指標ではなく)、そうなると「伝える」要素はやはり無意識に軽視・無視していることになります。
結果として、アテンションを取る、ということと、解りやすく説明する、ということの間に埋もれ、ことにデジタルの世界では「伝える」コミュニケーションは昨今非常に肩身の狭い思いをしているように思われます。
先日行われた「ad:tech tokyo 2017」で、糸井重里さんとJR九州の唐池恒二会長のキーノート対談を拝聴し、大変感銘を受けました。基本はお二人がソファーでリラックスしてお話しされる、というだけなのですが、お二人の掛け合いにゲラゲラ笑ってしまい、時にはジーンと来て、最後にはとても考えさせられました。
筆者も僭越ながらパネルディスカッションを一つ担当させていただいたのですが、講演やパネルディスカッションのモデレーターを担当する際は、いつも「オーディエンスを深く理解して」「出来るだけ解りやすく説明しよう」ということを心がけています。
糸井さんと唐池会長の対談は、それとは全く別の次元にあり、まさに「解りやすく説明する」のではなく「伝える」コミュニケーションでした。ことにデジタルでは「バズ」や「解りやすく説明する」に目がくらみがちですが、「伝える」ことの大切さを改めて背中で示された思いでした。
「人のこころを動かし、行動や態度を変える」ことがマーケティングなのだとしたら、「伝える」は「説明する」の高次にあると言わざるを得ません。マーケティング系のカンファレンスであれほど感銘を受けたのは初めてでしたし、それがゆえに今こうしてこのコラムを執筆しているのですから。