私たちは「いいね!」のために生きている? 映画『ザ・サークル』からのレッスン

シェアしたがる心理は、単純なシェア至上主義とは異なる

これは実際に作品を見ていただいた後での判断に委ねたいところですが、実は本作には「いいね!」そのものは前面で描かれているわけではありません。

SNS内での承認というテーマは出現しますが、メイントピックスではなく、むしろ「デジタルコミュニケーション環境下におけるオープン主義にひそむ問題」こそが本作の中心的なテーマとして扱われているのです。

では、この問題をどう捉えるべきでしょうか?筆者の主張は(前回コラムの結論同様に)3つあります。

まず第1に、想像以上に私たちはプライバシーを重く見ているということ。法的・制度的な規制も進む中で、現実世界はある一企業が人々のプライバシーを完全に掌握するというSFチックな方向には進まないと冷静に思っている節もあります。

また、著書の中でもビジュアルコミュニケーションは「ライブ」や「消える」が重要性を増していくと述べました。「サークル」ではライブであらゆる瞬間をシェアしていますが、一方ではいま支持を集めているのはインスタグラム・ストーリーズのような消えるタイプの動画。消えるという安心感のもとでシェアができるというインサイトは、私たちのプライバシー観によって一部説明可能だと思います。

第2に、作中で描かれていたオープン至上主義は、シェアへの期待値の暴走であると捉えるべきです。シェアすることが正義になってしまうのも、それは私たちのシェアの価値を非常に高いものだと見積もるからにほかなりません。

著書の中では、対談させていただいたドミニク・チェンさん(早稲田大学文学学術院・表象メディア論系准教授)が情報の「表現」と「摂取」というキーワードを提起しています。その身体的なメタファーを扱いながら、情報を適切に摂取(インプット)しつつ表現(アウトプット)することの意義を説いています。そうすることによって、周囲からのフィードバックも伴い、自分がシェアするものの期待値をコントロールすることができるようになるのだと。

イーモンをはじめとする「ザ・サークル」社のオープン至上主義、およびそれにもとづく「暴走」は、シェアすることを身体的にではなく、観念的に捉えてしまったことに起因するように思われるのです。

そして最後に「シェアしたがる心理」とは、オンライン上のアイデンティティをいかにつくるか–それと切り離しては論じられないということでした。オンライン上のアイデンティティには、見栄や理想や世間体や…さまざまなものが入り混じります。それは社会的な動物としての人間においては自然なことであり、そこのところの機微を捉えることが非常に重要です。

したがって「シェアしたがる心理」とは逆説的に「いかにシェアしないか」ということがその核にあり、単純な「すべてをシェアしよう」とは一線を画した私たちの社会的な心の働きなのです。

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