「『地方創生』は東京目線の言葉」菱川勢一インタビュー

「まずは郷に入れ」の精神で

それからは「まずは郷に入ろう」と、高岡地域の飲み会にとことん顔を出しました。

映画は、商店街総出の協力の下での撮影になりました。今でもやりとりは続いていて、「いつこっちに引っ越してくるの!」と言われるぐらいです。僕は海外撮影に行ってもガイドブックやネットは見ず、わからなければすぐ街の人に必ず聞きます。そうすると、「そこよりももっといい店があるよ」という風によりいい情報が入ってくることを知っているからです。これは地域で仕事をするときも同様で、徳島では居酒屋で知り合ったおじさんに初めて「農村舞台」に連れていってもらい、驚きました。徳島の農村の各神社には舞台があって、そこで農家の方が先祖代々継承されている文楽をやるんですよ。奥さんが三味線を弾いて。

その文楽を聞いて、銀座で上演したらチケットを1万円で売れるぐらいのクオリティじゃないかと驚きました。僕のような外部の人間はWebで発信すれば多くの人が見ると考えますが、彼らは観光のためにやっているわけではないので、発信する必要性も感じていない。その感覚の違いを知ったときに「地方創生」という言葉の意味を考えさせられたんです。


徳島県「vs 東京」(2014年)徳島県のプロモーションや各事業展開のための共通コンセプト「vs 東京」とそのコンセプトムービーを発表。

「徳島国際短編映画祭」(2016年)「vs 東京」の一環で行われた、西日本初の本格的な国際短編映画の祭典。

「地方創生」という言葉に抱く違和感

徳島県神山オフィス

石川県金沢オフィス

「地方創生」という言葉には「東京に『地方はいいよ』とPRする」という東京目線の感覚があると感じます。実際に地方に行ってみると、子どもは少なくなっていて、多少の寂しさはあるものの、農村舞台のような素敵な文化と共に、幸せな循環の中で暮らしている人たちがいることも事実。それを東京の人が見て「お年寄りばかりでまずいんじゃないか」と心配している。つまり、地方の人からすると「地方創生=余計なおせっかい」というケースもあるんです。

ドローイングアンドマニュアルは徳島県神山町にもサテライトオフィスを構えていますが、地元の名士・大南信也さん(NPOグリーンバレー理事長)は「東京から癒しを求めて移住されても困る。なぜなら(そういう人には)生産性がないからだ」と言っていました。つまり、東京から来て、貯金を切り崩しながらのんびりされただけでは、村にとってプラスにならないんですよ。神山の本来の狙いは、主要産業がないこの地域で、しっかり生産性のある仕事をしてもらって、きっちり税金を落としてもらいたい、ということですから。綺麗ごとのように「田舎暮らしをしませんか?」というPR をすると、のんびり暮らしたい人たちが集まってきてしまうので、僕らコミュニケーションを担う人間が正しく伝えることはとても大切です。

一方で、IT企業でバリバリ働いていた人が、神山に移り住んで本格的なレストランを出したケースもあります。そこでは鶏やヤギを裏庭で育て、自分でさばいて、料理にして出しています。齊藤郁子さんの「カフェ オニヴァ」というビストロです。斉藤さんもそうだと思いますが、僕にとって神山は「少し先の未来」が見える場所なんです。

農業などの一次産業をないがしろにすれば僕たちの未来が大変なことになることは誰もがわかっていると思いますが、地方にはまだそれが豊かに残っています。だから、いち早く危機感を覚えた人が地方に集まっている。

人工知能といったテクノロジーを農業などの一次産業にうまく活用できれば素晴らしいことだと思いますが、少なくとも「地方創生」という言葉は、東京の価値観を地方にもっていって、均質化することではありません。僕は現代の知恵とテクノロジーを投入して、価値観の原点回帰をしていく作業が「地方創生」だと思っています。

尾鷲物産「世界の尾鷲」(2016年)三重県尾鷲市から発信する、高校生4人組の葛藤を描いた青春ショートムービー。

菱川勢一(ひしかわ・せいいち)

映像演出、舞台演出、空間演出、3DCG製作など横断的な活動後、ドローイングアンドマニュアルの設立に参加。ニューヨークADC賞、ロンドン国際広告賞など国際的な受賞多数。2011年武蔵野美術大学教授就任、監督を務めたCMがカンヌライオンズで三冠受賞、初の巡回写真展を開催した。2013年には短編映画を初監督、2015年メディアアート作品をミラノ・ニューヨークで発表、東京ミッドタウンでの展覧会ディレクションなど活躍の幅を広げ続ける。

 

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