リサーチと軸探しで、まちが見えてくる
—「崇仁新町」をはじめ、いつも仕事をする上でまず何をしますか?
松倉:リサーチですね。「崇仁新町」なら、とにかく地区の界隈を練り歩きます。メモもせず、録音もせずに。ひたすら歩き回って。で、昔からそのまちにいそうな人に話しかけます。
崇仁地区の場合は、昼間からプラプラしていたおじさんに声をかけましたね。タバコ1本渡して一緒にふかして、鴨川を眺めながら 「このまちがどんなまちなのか」「子どもの頃、このまちで何を食べていたのか」などを聞いていくと、何が大切なのかが分かってくるんです。
いろんな人の話を聞いていき、会話の中で印象深いもの、つまり軸が見えてきます。言うなれば、軸探しが僕にとって大切な仕事ですね。
—今回は、その軸が関係者や住民の方々との接点になったとか。
松倉:土地の文脈を紐解くと、かつて近くで闇市が開かれていたということもあって今回の裏テーマとして闇市を掲げました。闇市と聞くと、ネガティブな印象があるかもしれませんが、戦後生活で足りないものを買えるのは闇市しかなくて、とても大事なコミュニティだったんです。
そういうこともあって「崇仁」という地名を冠にすることは、京都のある世代にとってはネガティブな印象もまだ残っていて、避けられるか、受け入れられるかの賭けでした。ただ、ここで「崇仁」の名前を使わないとなると、その町の過去をなかったことにしてしまうと思い、「崇仁」という言葉は絶対プロジェクト名に残そうと決めました。
提案した結果、みんなめっちゃ喜んでくれて!そこからいろんな人との会話が生まれ、思い出話、特に食べ物の話で盛り上がりました。「子どもの頃から食べていた、ちょぼ焼きがおいしいぞ」とか、食べ物の話をするときは、みんないい顔してんなーって思い、「崇仁新町」の軸は食べ物にあるぞって。だから、「崇仁新町」にはおいしいごはんを楽しめるし、お酒も飲める、焚き火もできるってのが魅力です。