ネット広告も「提供」で発展するはず
「一社提供」はコンテンツと広告の究極の形ですが、「一社」じゃなくてもいい。コンテンツとの密接な距離が大事です。そう思わせてくれたのが、年明け早々1月3日のテレビ朝日での映画「君の名は。」放送でした。
劇場で大ヒットした映画の地上波初放送ですから、それだけでも話題になりましたが、テレビCMも印象的でしたね。Z会とソフトバンクが「PAREMIUM SPONSOR」というクレジットで紹介されました。要するに、「特別提供」みたいな意味でしょう。格別な意気込みで、スポンサードしていますからね、と宣言したわけです。
まずZ会が、どう見ても「君の名は。」に、タッチの似たアニメCMを放送しました。もちろん新海誠監督によるCMだったわけです。このCMだと当然、視聴者は目を離せませんよね。実は、2014年に新海氏が監督として制作したものだったそうです。この機会に、もう一度活用したのは、とても賢明な方法でした。
そして今度は、21時35分あたりの枠で、ソフトバンクの白い犬の家族のテレビCMが流れました。いつもの登場人物たちが、次々に心と身体が入れ替わってしまうストーリー。高校生の男女が入れ替わる「君の名は。」のパロディなわけです。めちゃくちゃ面白かった。
これは完全に、この日のためだけに制作されたテレビCMです。オンエアも、この一回こっきり。面白いことに、データセクション社のソーシャルテレビ分析ツール「TV Insight」では放送中、Twitterが盛り上がった大きな山のひとつが、この時であり、放送時間中もっとも多くつぶやかれたワードは「CM」でした。
一回の放送のためにテレビCMをつくるなんて!と思う人も多いかもしれません。ですが、このソフトバンクのCMがどれだけ見られたか。放送後もしばらくバズっていたので、ネットで見た人もかなり多かったようです。
これ、テレビとネットの相乗事例として面白いと思います。たった一回だからこそ話題になって、大勢がこのテレビCMを見た。オンエアを超えた広告価値が、一回こっきりのオンエアによって生まれたわけです。
コンテンツと密着したCM。テレビ広告をつくる際に頭に入れておきたいですが、それだけでもないでしょう。例えばネットでも、広告をコンテンツとどう関連付けるのか、あるいは見せるか。よく考えたほうが、よさそうです。広告枠をつくれば自動的に広告が埋まる。そんなやり方では、広告収入は大したことにならない。広告を出したいニーズをうまくくみ取って、だったらこういうコンテンツにして、そこからさらにこんなコンテンツにも誘導して、という仕組みはつくれるはずです。
そんなに手の込んだこと?と思うかもしれないけど、手が込んでいるからこそ、高い値付けで売れるかもしれない。そういう可能性が出てきていることに、注目しましょう。
そして、そこで大事なのが、コンテンツ力です。スポンサーのニーズにばかり合わせていくと面白く読んでもらえるコンテンツになりません。では、どうするか。テレビ黎明期のようにひざ詰めで喧々諤々に議論しながら進めて行く姿勢が、お互いに必要なのです。
それをきちんとコツコツ重ねて行けば、メディアが育ちコンテンツが愛され、スポンサーも評価してもらえる。東芝というブランドに「サザエさん」を通して、接してきたような関係づくりが、ネットでも構築できれば「ビジネス」になるのです。
そういう汗水を避けていては、メディアは絶対に成長できないし、ネットでの広告ビジネスは、いつまでたってもお安く見られてしまうのだと思います。
ところで、「君の名は。」のテレビ放送では、もうひとつ、特別なテレビCMがありました。政府広報CM「Society5.0」です。これについては、また次回に書きたいと思います。今後のテレビとネット、いや産業全体に関わる大きな概念が背景にあるようです。お楽しみに。
境 治(コピーライター/メディアコンサルタント)
1962年福岡市生まれ。1987年東京大学卒業後、広告会社I&S(現I&SBBDO)に入社しコピーライターに。その後、フリーランスとして活動したあとロボット、ビデオプロモーションに勤務。2013年から再びフリーランスに。有料WEBマガジン「テレビとネットの横断業界誌 Media Borer」を発刊し、テレビとネットの最新情報を配信している。著書「拡張するテレビ ― 広告と動画とコンテンツビジネスの未来―」 株式会社エム・データ顧問研究員/電通総研フェロー お問合せや最新情報などはこちら。