企業の「売る」から生活者に「選ばれる」へ~体験ブランディングの背景にあるもの(前半)

「これでいい」を「これがいい!」に格上げできるか

ところが、現在はどうでしょう。成熟社会と言われる今の日本では、生活に必要なモノやサービスに困ることはありません。本来、それは幸せなことだと思うのですが、当たり前になりすぎて実感することはなかなかありません(海外に行って不便な思いをしたときぐらいですよね)。

わたしたちが広告の依頼をされる商品やサービスもそうです。日常に溢れているのは、どれも素晴らしく十分な性能を備えたグッドイナフなものばかり。これが逆説的に意味するのは、生活者にとっては「どうしてもこの商品を手に入れたい!」という強い欲求を生み出すほどのモノが少なくなってきていて「モノの機能やスペックを一方的に伝えればヒットするというシンプルな時代ではない」という現実です。

スペックや機能では差が出ないということは、どれを選んでもそこそこ幸せになれるということ。すると消費者のモノを選ぶ基準は「これでいい」になってしまいがちです。ところが「これでいい」が蔓延すると、「安いから」「手に入れやすい」といった理由で商品が選ばれるようになることでコモディティ化が進み、最終的に競合商品に簡単に取って変わられる可能性が高くなります。

わたしたち広告にかかわる人間は、消費者が「これでいい」と感じ始めている商品を、ちゃんと「これがいい!」と選ばれる商品に格上げしなくてはいけない。そんな課題を私たちは突きつけられているのです。

製品の進化は、グッドイナフの遥か先で起きている(かもしれない)

今や単純に良いものをつくれば売れる時代ではない。
そんな中で、商品を「これがいい!」と思ってもらうにはどうすればいいのか? 

多くのメーカーは、ここで新しい差別化をつくろうとしてしまいます(=USP探し)。しかし、多くの場合、USP探しは「あったほうがいいけど、本質的な決め手にはならない」機能追加のように、生活者が置いてけぼりにされがちです……。

分かりやすいところでは、こんな例が挙げられます。数年前までコンシューマ向けIT機器のメインだったパソコンを思い出してみてください。たくさんの便利ソフトがプリインストールされ、インターネットや動画をすぐに閲覧できる専用ボタンまで付いた機能満載の新製品が毎シーズンのようにリリースされていましたが、いまでは勢いをなくしています。ネットを見たり、SNSやメールをするならスマートフォンやタブレットのほうが手軽だし、ビジネスで使うにしてもユーザーが必要なソフトをシンプルな構成で組み合わせたパソコンで十分。消費者は自分に合った性能のシンプルなものを求めていたということです。メーカーは、製品中心の事業ドメインの転換期を迎えているのです。

次ページ 「製品やブランドの価値を決めるのは生活者である」へ続く

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藤井一成(ハッピーアワーズ博報堂 代表取締役社長/クリエイティブディレクター)
藤井一成(ハッピーアワーズ博報堂 代表取締役社長/クリエイティブディレクター)

1999年から博報堂でインタラクティブクリエイティブを軸に統合キャンペーンを手掛け、その後グループ内ブティック、タンバリンに参加。2016年より同社代表に就き「ハッピーアワーズ博報堂」に社名を変更。

“これでいい…”という消極的選択が溢れる成熟社会で、「ブランド」と「生活者」の関係性をアップデートする“至福”の体験価値をクリエイティブし、ブランデイングとマーケティングの両輪を動かしている。

藤井一成(ハッピーアワーズ博報堂 代表取締役社長/クリエイティブディレクター)

1999年から博報堂でインタラクティブクリエイティブを軸に統合キャンペーンを手掛け、その後グループ内ブティック、タンバリンに参加。2016年より同社代表に就き「ハッピーアワーズ博報堂」に社名を変更。

“これでいい…”という消極的選択が溢れる成熟社会で、「ブランド」と「生活者」の関係性をアップデートする“至福”の体験価値をクリエイティブし、ブランデイングとマーケティングの両輪を動かしている。

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