人の欲望の発露、「インサイト」を捉えるには? — 大松孝弘氏×嶋浩一郎氏 【前編】

人はモノを見せられて初めて、「欲しい」という欲望が生じる

嶋:アンソニー・ホプキンスが演じていたハンニバルレクター博士が出てくる『羊たちの沈黙』という映画で、レクター博士がとてもいいことを言っていました。「人間の欲望というものは自存する感情ではなく、目の前にそれが現れたとき発動する感情だ」と。つまり、欲望は存在しているのではなく、目の前にそれが現れたときに欲しくなる感情なのだという話なのですが、僕はこの話には二つの本質があると捉えています。

マーケーターやコンテンツを作る人は覚えておいたほうがいいと思うのですが、一つは、人間は不器用であるということです。とにかく自分の欲望を言語化できていないのです。さらにもう一つ重要なことは、人は都合がいいということです。目の前にそれが現れた途端に、その時までそれを言語化しなかったくせに、「俺はこれが欲しかった」と平気で言うのです。

言語化できていない欲望の言語化がされていたり、それが目の前に出現したりしたときに、自分はウォークマンが欲しかった、俺はスターバックスに来たかった、なぜ俺が欲しかったものがここにあるのだろう、と平気で思うんですよね。インサイトを捉えると、そういうふうに人の気持ちをつかめるところがとても重要だと思いますが、大松さんはどう思いますか。

大松:まさに、インサイトはそういう共感を得られるかが重要です。その「共感性」は、こちらからそれを示したときに測ることができます。

インサイトは、いま顕在化されていない欲望ですから、どのように証明するかという話が必ず付きまといます。定性的な情報からつくることが多いため、それに対して、「変わった人の意見なのではないですか」「お金をかけるような意思決定はできない」という意見が必ず出てきます。企業が意思決定をするときにはもちろん数字でものを語らなくてはいけませんから、発見したインサイトに対して、どれくらいの人たちから「分かる」という共感が得られるかどうかが重要になります。

あるいは嶋さんが今おっしゃったように、どれくらいの人が「俺はそれを前から思っていた」と言うかどうか、ということです。あなたは今までそれを言語化できていなかったでしょう、と言いたくなりますが、新しいミュージシャンが出てくると、始めの頃から応援しています、と言うようなことと、とても似ている気がします。

嶋:音楽的センスが全くない人が、「この音楽を待っていました」と平気で言いますよね。僕は雑誌の編集長とよく話すのですが、例えば「美魔女」という言葉をつくった『美ST』の創刊編集長である山本由樹さんも、隠れたインサイトを発見したひとりだと思います。

『美ST』はアラフォーになってももっと自由に生きていってもいい、という人生観を雑誌で一つのコンテンツとして出しました。そのとき、「なぜ私が思っていることがこの雑誌に書いてあるのかしら。素敵!」と読者の人たちは思ったのです。インサイト、つまり言語化できていない欲望を言語化したプレイヤーに対して、人々はファンになるんですよね。

なぜマーケティング上でインサイトが重要かと言いますと、顕在化した欲望に応えるサービスに、人はそんなに感謝をしないためです。「実は、あなたこれが欲しかったでしょう」という潜在的な欲望を言語化するサービスに関しては、人はすごく感謝をします。いまB&Bという本屋を経営しているのですが、「なぜ、いまどき本屋をやるのか」と、人によく言われます。

僕はネット書店とリアル書店は全く役割が違うと思っています。ネット書店は欲しい本、つまり顕在化した欲望を購入しているわけですが、人はそれをあまり感謝しませんよね。村上春樹の本がそろっていてもすごい、とは誰も言わないわけです。

いい本屋は、買うつもりがなかった本を買ってしまいます。買うつもりがなかった本を買ってしまうということは、まさに言語化できていなかった欲望が、本屋に行ったことで言語化されて買ってしまうわけです。ネット書店には感謝をしないのに、リアル書店で買うつもりがなかった本を買ってしまったお客さんは、「このお店は行くたびに俺の欲しい本が置いてある」とファンになってくれるんです。言語化できていない欲望を言語化したプレイヤーに対して、人は感謝してくれるんです。

【前編はこの記事です】
【中編】「バイアスにとらわれず、「人を見る」ことの重要性 — 大松孝弘氏×嶋浩一郎氏 【中編】」はこちら
【後編】「論理と感性で捉える「インサイト」 — 大松孝弘氏×嶋浩一郎氏 【後編】」はこちら

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