データを「集めて」「グラフにする」ことはできるけれど、そこからどうしたらよいですか?

恩師との再会

緑川幹夫は、遼平が新人時代に配属された営業1課の課長であり、ビジネスのイロハを教えてくれた正に恩師である。緑川は長年先代社長である正人の懐刀として仕えていた。昨年定年に伴い、取締役経営企画部長を退任し、現在は人事部人材教育課の嘱託職員である。嘱託と言っても長年のビジネススキルと探求心を買われて研修講師の役割を務めており、今回、遼平のサポート役に抜擢された。

「仁科、それではマーケティング課長としての心構えについて確認しておこう。マーケティングは一言でいうと[売れるための仕組み作り]だが、当たるも八卦当たらぬも八卦という側面もある。将来のことは誰にも分からない。その中で将来の顧客のニーズを引き出し、自社商品・サービスが選ばれるように活動をしていく」

遼平があっけにとられて聴いていると緑川は立て続けにマーケティング論について語り出した。

「マーケティング課長は説得力がなければならない。莫大な投資をするだけのしっかりとした根拠を示して組織を動かさなければならない。例えばマーケティング課が主導して新商品を企画開発したとする。膨大な開発費や宣伝広告費、営業活動に関わる販促経費をかけて売上アップの努力をする。そうして結局売れなかった場合、誰の責任になるか?」

遼平は緊張の面持ちで自分を指さした。

「ご名答。マーケティング課長の責任となる。もちろん企画通りの商品が開発できなかったことや、顧客の琴線に触れるキャッチコピーができなかったなど他部署の責任になることもある。だが、それらの個別の業務を統制し、最善の方向に導くように管理するのがマーケティング課長なのだから、責任者はやはり君ということになる。開発部や営業部、広告宣伝部が動かなかったということは、それだけマーケティング課長からのメッセージが弱かったという側面もあるはずだ」

「責任重大ですね。そうならないためにはどうしたら良いでしょうか?」

「数字だ」

緑川はハッキリと言った。

「マーケティングに関わる事柄の全てを数字で語ることだ!」

キョトンとした顔つきで遼平は答えた。

「数字ですか?」

「新商品Aがマーケティング課長として力を入れている商品だったとした場合、ただ声高にこれは絶対売れます!と叫んだところで根拠がなければただの独りよがりになってしまうし、誰もついてはきてくれない。最大の根拠は顧客が欲しいと言っているということだ。『ターゲット顧客の80%が購入したいと言っています』というような数字で表現することが重要だ」

「なるほど。でも私、自慢じゃないですが、数学は学生時代から大の苦手でして」

頭を掻きながら遼平は申し訳なさそうに言った。

「それでいいんだ。私は数字と言ったのであって、数学とは言っていない。我が社は長年、社長のご意向でほとんどの意思決定がされてきた。しかし今、数字、データをもとにした事実度合の高い意思決定が求められている。特に他者に対して根拠を示すときには小難しい分析結果ではなく、誰もが分かる、直感的に判断できる数字でなければならないということだ。だから数学が苦手な君がやる意義がある。シンプルで明確な根拠を必死で見つけるんだ。部下にデータを集めさせ、そこから自分が納得できる仮説ができるまで企画書を書かせてはいけない。数字は嘘をつかない。自分にも嘘をつけない。例えば、自分が良いと思った方向性でも数字の裏付けが取れなければ先へ進めてはいけないということだ。自分の考えが正しいかどうかは数字に聞いてみるのが一番」

畳みかけるように緑川は続けた。

「データと聞くと苦手意識を持つ人が多いが、実際には難しいことはなく、逆にシンプルな数字を集めてくること、そこから何が言えるのか考えること。それが大事なんだ」

遼平は確信を得たように大きく頷く。

「同じ数字でも人によって考えることは異なる。例えば巷で流行っているスムージーの購入率が80%だとする。それを多いと考える人もいれば、前年の数字を調べ、前年85%と比較して低下していると捉える人もいる」

「私にはそうした発想がないんですが、できますか?」

「データの見方にはいくつかのポイントがある。それを押さえておけば大丈夫だ。実践に即して学んでいけば心配することはない」

と緑川は遼平の肩に手を添えた。(続く)


【解説】
あなたが、もし明日からマーケティング課長や経営企画課長に任命されたらどう思いますか? 営業部門や管理部門などの業務をしている方にとっては、青天の霹靂で戸惑ってしまうのではないでしょうか。キャリアパスが多用化する今日の企業環境では、そうした人事異動はあり得る話です。

しかし全く経験がなかったとしても、常識的な知識さえあれば焦る必要はありません。現在では定量データが溢れています。データの読み方さえ習得すれば、斬新で画期的な企画を立案することができます。

インターネットで検索すれば大量の統計データを手中に収めることだって可能です。社内データもICT技術の向上によって、容易にアクセス、閲覧することができる環境になっていることでしょう。マーケティングや新規事業開発においてデータを基にした企画立案は当たり前の世の中となっているのです。

数字の裏付けのある企画は、論理的に思考を展開することができ、非常に説得力が高まります。本書「社内外に眠るデータをどう生かすか」ではそうした皆さんに対する道標としてデータの扱い方について丁寧に解説しています。

先述のとおり、データは高いコストを払ってシンクタンクに頼らずに誰でも容易にアクセスすることができます。オープンデータを活用した新事業新商品の企画プロセスは以下の通りです。

本コラムでは本書の内容を圧縮して、この企画プロセスに沿って解説していきます。
次回は仮説設定のプロセスについてお話したいと思います。

書籍案内

社内外に眠るデータをどう生かすか ~データに意味を見出す着眼点~』(2月10日発売)
宣伝会議人気講座「データ分析力養成講座」の著者が、ストーリーでデータ分析について解説した本書。データ分析の中でも、統計学などの小難しい知識ではなく、誰でも身に付けられる「着眼点の見つけ方」、「仮説の作り方」、「戦略への落とし込み方」などの一連のスキルを、主人公の目を通して学ぶ1冊です。

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