なぜ企業は自分の都合のいい思考で、商品、広告をつくるのか
嶋:大松さんがおっしゃる、技術ではなく「人を見にいこう」というスタンスは、インサイト発見においてすごく重要なことだと思います。逆に言うと、日本の企業がインサイトだと思っていることと、生活者が本当に思っていることとは相当すれ違っているケースが多いということですよね。
僕が思うに、だいたいのメーカーさんは、自社のサービスや機能を便利だと言っていますが、生活者からすると、「そうかな?」みたいなことも意外に多い。ある意味、企業側の都合を無理やり押し付けられているようなことも多い。
「この機能は便利だと思いますか」と調査で聞かれると、ないよりはあるほうがいいと思うから、「便利なのではないですか」と答えてしまう。ですがそれが本当に心の底から欲しいと思っているかは全然違うわけです。なぜ、商品開発する側は自分の都合よく、自分の製品の競合との微妙な差異を、きっと消費者もそこを求めているだろうと思ってしまうのでしょうか。
大松:このご質問は、すごく本質的な問題を提起していただいているような気がします。「なぜ企業は自分の都合のいい思考で商品を作ったり、広告をしたりするのでしょうか」と言ったときに、僕は理由が三つあるかと思います。
一つは、「バイアスに縛られていて新たな事実を見落とす」、ということです。具体的に後で説明します。
二つ目は、さっき言った話ですが、「人間を見にいかない」からです。すぐに答えがほしいため、狭い視野でしかものを考えません。サプライヤー側であるわれわれはクライアントの支援をしていますが、その不安を払拭してあげなくてはいけません。人間を見にいって、きちんと戻ってくることができる、ということを極めてロジカルに説明することが必要です。
このように人間を見にいって事実を取ってきますが、ここからこのように戻ってきて、確実にあなたが売りたい車に関するインサイトに、こういうふうにつながっていくから安心してください。ですからこのプロジェクトを進めていくことが成功への一番の近道です、と明確に説明ができていないといけません。いくら、「人間を見にいっていないからです」と批判をしていても仕方がありません。こんなふうに戻ってくることができるということの道筋も、手法など含めて大事なことなのです。
三つ目の理由は、「事実を大事にしない」です。一つずつ説明していきます。
嶋:ぜひお願いします。
大松:一つ目の理由の「新たな事実を見落とす」についてです。これはときどきご紹介しているものです。(スライドを映写)
これは肺のCTスキャンの画像です。アメリカの実験で、肺の検査技師の人に、肺のCTスキャンの画像をいろいろ見せて、気付いたことがあれば教えてもらうという実験です。
皆さんはもう気が付かれていると思いますが、右上のところに小さいゴリラがいます。この実験をしている人は、肺の検査技師の人はこのゴリラに気付くことができないということを証明したいのです。事実、ゴリラについて見落とす結果が出ています。
肺の検査技師の人は、僕たち素人が分からない肺の不具合を、違和感というレベルであっという間に見つけることができます。僕たちは画像をたくさん見せてもらっても意味が分かりませんが、ゴリラには気付くことができます。プロフェッショナルである肺の検査技師の人たちは、肺の不具合は分かりますがゴリラが見えなくなります。
つまり、プロフェッショナルであるということは、それゆえのバイアスを獲得していて、そのために決定的に重要な事実が見えなくなってしまうということです。肺の中に小さいゴリラがいるということは、とても重要な事実です。これを肺の検査技師は見落としているのです。
嶋:たしかに、肺にゴリラがいますよね。気付けよ、という話です。でも、彼らの既成概念はその存在をはじいてしまうんですね。市場にあきらかな変化が起きているのに、既成概念にとらわれているマーケターにはそれに気づけないと同じですよね。
大松:プロフェッショナルであるほど、それが見えなくなるということを、頑張って見えるようにしましょうと言っても難しいです。そこは、例えば強制発想法的にやるなど、何かバイアスを崩してあげる工程が必要になります。そういう工程もなく、ガッツで頑張りましょう、もっと目を人間に向けましょうと言っても、難しいと思いますし、自分都合のことばかりにしか目がいきません。ですから、構造的にバイアスを壊すということをやらなければ無理なのです。
嶋:すごく分かります。業界のキャリアが長い人ほど、既成概念に引っ張られる感じがとてもします。今は常識になっていますが、今どきのゲームセンターはシニアのお客が多くなっていますよね。血圧計や老眼鏡が置いてあるゲームセンターもあります。これらのサービスは、シニアの人にとってゲームセンターは「定年しても仲間と会う場所」という新たなインサイトが発見されたことで生まれたわけです。
ただ、ゲームセンターをずっと経営してきた人の中には、ゲームセンターは若者が来る場所だという既成概念をずっと持っていたから、シニアが来始めている事実に最初は目を向けられなかった人もいた。なぜならゲームセンターはこういう場所であると自らが規定してしまっていたから。異物が混入したときに、そんなことはないということにしたがっちゃうんですよね。
大松さんがおっしゃられるように、特にプロフェッショナルという、その業界でどっぷりと浸かっていた人のほうが、そこから抜け出すことができず目が見えない状況になっていくということは、なるほどそういうことなのか、と今のお話を聞いてすごく分かった気がします。
大松:『動的平衡、生命はなぜそこに宿るのか』という本を書いた生物学者の福岡伸一さんも、やはり研究者としてのバイアスからいかに逃れるのかということについて、とても難しいことであると言っています。例えばその説明の中で、僕たちはオリオン座をオリオン座としてインプットされると、星を見たときにオリオン座でしか見えなくなります。もうあの星たちは何万年も前になくなっているかもしれないという重要な事実に、思いをはせることが一切ないのです。
また、坂本龍一さんが今年アルバムを発表されたのですが、新しい音楽の作り方をしています。ニューヨークの川のほとりに行って、普段の坂本龍一が聞こえていない音を拾うために、川でじっと収音をしているのです。そのような天才たちですら、このバイアスといかに戦うかということをやっていますので、とてもねちっこいながら、極めて大事なことです。これはガッツではほとんど無理だと思っています。やはり構造化して壊していかないと難しいということが分かります。
二つ目の理由は、もうご説明しましたとおり「狭い視野でしか物事を考えない」ということでした。車の新しい価値を考えるときに、車自体や利用者だけを見にいったほうが早いと思ってしまうということが、実は全然早くないということに気付けないような思考をしてしまうということです。
最後の理由の「事実を大事にしないから」についてです。これは本にも書いてある例を一つ持ってきました。お茶漬けのりについて考えますと、好きな人ももちろんいて、ビジネスとしては成り立っているのですが、食べない人が大半です。この食べない人たちが食べてくれるようになればもっと売り上げが伸びるはずということで、お茶漬けのりを食べない人はなぜ食べないのかと深く探っていったときの話です。
これは、インサイトはそれを構成する4要素で捉えなくてはいけません、というモデルで説明します。4要素とは、シーン、ドライバー、エモーション、バックグラウンドというものです。詳細については、書籍で紹介していますので説明は省きます。
一人でお茶漬けのりを食べるとき(シーン)に、カサカサという音(ドライバー)を聞くと、孤独で寂しい感じ(エモーション)がしてきます。その背景には、家族で住んでいても一人で食べる時間が増えている孤食化(バックグラウンド)ということがあります。そのため、食べない理由、不満を解消するとなると、お茶漬けのりではカサカサという音を解消することが一つのアイデアになります。
ですが仮に、お茶漬けのりを食べない人は「なんとなく孤独で寂しい感じがしてくるから」ということだけをインサイトとして捉えてしまったときにどうなるでしょうか。お茶漬けのりを食べてSNSでつながろうキャンペーン、のような企画が、さもありなんという感じで通ってしまうことが起きます。
ですが、そんなことをしても全然駄目ですよね。なぜなら、このエモーション(感情)にひもづいていることは、カサカサという音(ドライバー)や、孤食化(バックグランド)という事実が背景にありますから、ここを解消しなければいけません。
ですから、孤食化をとめるようなことが、PR活動みたいなものでできると、これは解消される可能性があります。しかし、一食品メーカーではなかなか難しいというときに、カサカサの音を解消しにいこうとします。このモデルは、エモーションだけが主観であり、その人の感じ方の問題です。僕はどちらかというと、カサカサという音がおいしそうだと思うほうです。ですから、これは感じ方の問題です。ただし、それ以外のシーンとドライバーとバックグラウンドといった要素には客観的な事実が含まれていないといけないということが、モデルとして考えているところです。
筋のいいアイデアを手に入れるために、僕たちもこのモデルを発見する前は、SNSでつながろうキャンペーンなどを考えていました。ですが、それでは全然ワークしませんので、なぜだろう、ということから気付いていきました。ですから、客観的な事実に基づいた深い感情を捉えているか、つまり事実を感情と同じぐらい大事に考えなければいけないわけですが、それを軽んじるため、先ほどのような、「寂しい」からSNSキャンペーンのようなものが出てきてしまうということです。
嶋:表層でインサイトを捉えたつもりになっている企画書を、たくさん見ます。この辺を含めて日本のマーケティングや商品開発、コンテンツ開発が変わっていくと、本当にいいと思います。こういう問題提起がいろいろと本の中でされています。先ほど話していて思ったのですが、バイアスにかかるということは、企業側のこうであってほしいという願望がすごく関係あるのではないかと思いました。
【前編】「人の欲望の発露、「インサイト」を捉えるには? — 大松孝弘氏×嶋浩一郎氏 【前編】」はこちら
【中編はこの記事です】
【後編】「論理と感性で捉える「インサイト」 — 大松孝弘氏×嶋浩一郎氏 【後編】」はこちら
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