多くの人の共感を呼ぶ「FASTAID」
佐藤:僕は今回のプロジェクトで進めたプロセスが、料理に似ているなと感じています。冷蔵庫の中に素材がいっぱいあって、どんな料理をつくるかを考えるとき、まず食べてもらう相手を考えますよね。例えば健康に困っているおばあちゃんなのか、筋トレしている青年なのか。誰のために何をつくって、その人をどうしてあげたいのか。それと同じように、世界や生活を見て、アイデアを出していきました。ただ、今回は誌面がメインのプロジェクトだったので、事業スケールの視点はあまり入れていません。言葉は悪いかもしれませんが、その分、自由に考えさせていただきました。
松永:カズーさんが広告で培われてきたアイデアを生み出す力や、問題をロジカルに整理して具体的なソリューションに変える力を、私たちはこのプロジェクトを通して学ぶことができ、いい刺激になりました。
佐藤:僕は逆に、三井化学のプロフェッショナルな部分を見せていただいたと思っています。頭で考えたアイデアを実際の形にするためには、計測をしたり、検証をしたりして、数値に落とし込んでいかなければいけない。そういうところは、僕たちエージェンシーではできない領域です。今回、実際にロック&ピール™がFASTAIDとして形になったわけですが、その後これを使った活動を始めていらっしゃるんですよね?
八木:私はコーポレートコミュニケーション部でCSRを担当していますが、松永とともに仙台で開催された世界人道サミット関連の会議で「FASTAID」のプレゼンをさせていただきました。外務省の方やNPO・NGOの方が興味を持ってくださり、イスタンブールでの世界人道サミットにも持って行っていただけました。興味を持っていただいたきっかけの一つは、カズーさんがつくってくださった子供がFASTAIDをギュッと握っているビジュアルの力です。このビジュアルがあることで、伝わるスピードが速く、その力を実感しています。完成後にプレスリリースを出したら、かなりの反響がありましたね。
佐藤:いやいや、技術の力も大きいです。
八木:もう一つ、「FASTAID」にはストーリーがあります。そこに多くの方の共感を頂いているのだと思います。普段私たちが「ものづくり」から入るのに対して、カズーさんたちは「ことづくり」から入られているので、世の中のためにはこういう製品が必要だというコンテクストが「FASTAID」にはある。もちろん現実に世の中に広げていくためにはサプライチェーンを作っていく必要がありますが、多くの方々とこのストーリーへの共感で結びついていけると思っています。
佐藤:その流れは、まさにブランドが生まれるプロセスで、ものすごく根本的なことですね。
松永:他にも、この「FASTAID」によって、この事業を担当している社員の雰囲気も変わりました。自分たちの仕事が世の中の役に立つんだと、実感できたからだと思います。一見、アウター向けに始めたプロジェクトですが、インナーに返ってくるというのは、このプロジェクトで想定していたことですが、とても嬉しい瞬間でした。
佐藤:そういう変化は、僕自身の中でもありました。普段の仕事では、例えば製品の売上をいかに上げるかというようなビジネスイシューが多くあります。でも、広告の仕事をしたいと思ったときの最初の理由って、つくったものを通じて人を幸せにしたい、0.1ミリでもいいから人を前に向かわせたいというような想いでした。このプロジェクトを通じて、自分のそういう原初的な気持ちを、あらためて思い起こすことができたんです。
八木:私たち自身も、自分たちの存在価値を忘れてしまうことがあります。だからこそ初心に立ち返って、自分たちの存在価値、そして製品の価値をきちんと伝えていかなければいけない。それは、会社にとっても社員にとってもハッピーなことです。そういうことを気づかせてくれるプロジェクトになりました。
佐藤:それはまさにいまの時代ならでは、ですよね。いま世界的にもソーシャルグッドを背負った製品や素材を、消費者が選ぶようになってきています。以前は、ソーシャルグッドはCSR的な視点で語られていたのですが、もはやそれがマーケティングの本流になりつつあります。コーポレートPR的な視点だけの時代ではなくなったので、松永さんや八木さんがいま進められていることが、これからのマーケティングの本流ではないかと思います。
「そざいの魅力」を見える化するプロジェクト
八木:私たちも引き続きそうした方向性を探っていきたいと思っています。カズーさんはこれからどんなことをやってみたいですか?
佐藤:実はもう広告ではない自社プロジェクトを始めていて、弊社とユカイ工学、KOTOBUKISUN、クリムゾンテクノロジーの4社でチームをつくって、「アニメガホン」という製品をつくりました。これは、音声認識のAIの技術を使って、喋った声をあらかじめ登録してある声に変換できるメガホンです。アニメのイベントやコミケで、人が殺到して将棋倒しになるという事故がありますよね。この問題を解決する方法として、アニメガホンを考えたんです。普通の警備員がいくら呼びかけても、なかなか聞いてくれないけど、アニメのキャラクターの声で呼びかけたら、みんな耳を傾けてくれるんじゃないかと。
松永:面白いアイデアですね!
佐藤:いまは、そういった自社発の取り組みもやりつつ、広告のビジネスソリューションもやりつつ、まだ眠っているいい素材を世に出して生かすためのストーリーづくりもして、すごく欲張っていますね。でも、自分の脳みそを活用できる領域が広がっていくことがすごく面白いんです。ちなみに、その後ロック&ピール™の技術は「FASTAID」以外にも活用されているんですか?
松永:ロック&ピール™の2室包装技術を使ったアイシングパックをつくりました。1室には尿素が入っていて、もう1室には水が入っているんですが、ギュッと握ると水と尿素が混ざりあって、尿素の吸熱反応で一気に冷えるんです。先般ラオスの子供たちに20万人分のワクチンをお届けする際に、一緒にお届けしました。
佐藤:それ、素敵ですね!
松永:尿素よりももっと吸熱反応が大きい物質もあるのですが、簡単に捨てられないんです。その点、尿素は保湿クリームだったり、肥料として使われているものです。使い終わったあとの廃棄のことを考えて、使い終わったら肥料として畑に撒くことができると素敵だね、というアイデアです。特に新興国の場合は、ライフサイクルも考慮に入れたアイデアが大事だと思います。
佐藤:すごくいいアイデアだと思います。中に入れるものを変えるだけで、違う機能を持ったモノをつくっていける。そして、ロック&ピール™の良さを生かすためには、分離させておくことがポイントですよね。最初から混ざっていると効果が薄いけれど、混ぜた瞬間に効果を発揮する成分になるもので、課題を解決するというところが大事ですね。
松永:そう考えると、他にもまだまだできることはありそうだと思っています。
佐藤:あとは、このプロダクトで助けることができる人を変えていくことで、組み合わせ方も変わり、新しいコンセプトが生まれそうです。アイデアを起点にして、いろいろな方向にどんどん広げていくことができる、それが素材の魅力だと思います。
松永:そうしたアイデアやヒントを広くシェアしたいと思い、 3月7日から「そざいの魅力ラボーMOLp™」による初めての単独展示会“MOLpCafé”(モルカフェ)を開催することにしました。テーマは、「CONCEPT of MIXOLOGY」。フォトクロミック技術を使ったアクセサリー、海水から作ったイノベーティブプラスチック、圧電ラインを使ったアクセシビリティ・デザインの作品を展示します。また、皆さんにより身近に体感していただくために一部の作品は販売もさせていただこうと思っています。「ブレーン」のクリエイティブリレーでみなさんと作った作品も展示する予定です。
佐藤:面白そうですね!具体的には、どういうものが展示されるんですか?
松永:例えばスイッチのオンオフの動作をしなくてもいい懐中電灯。人間は常に10ヘルツぐらい震えているんですが、そのわずかな震えを感知できる素材をセンサーとして搭載した懐中電灯なんです。人が持ったことを感知してボワッと光り、放すとスーッと消える。強く握ると、その分だけ強い光になるという仕組みです。これは、ユニバーサルやアクセシビリティのデザイン思考を盛り込んだプロダクトです。
その他にも、プラスチックなのに陶器と同じような熱伝導性を持ち、ほのかに冷たさや温かさを感じられるコップもあります。これは会場に併設するカフェで実際に使っていただき、体感して頂きたいとも思っています。この素材は海水から抽出したミネラル成分から作りました。
グローバルに水不足の課題を抱える中、海水淡水化施設が普及しています。もちろん重要な水は確保されるのですが、海のミネラルが濃縮され大量の濃縮水が海に廃棄されており、これが珊瑚の死滅など新たな問題になりつつあるそうです。そこでそうしたミネラル成分を有効活用するとともに、プラスチックでありながら触れるとひんやりした陶器に近い温冷感を持ち、かつ重厚感・安定感を感じることができるプラスチック素材を開発しました。
海水を淡水化する工程で捨てられているものを原料に、プラスチックと同じように成形ができる新しい素材をつくったんです。
海水は世界中、どこに行ってもあるもの。それを使って水が無いところに水を生み出すのと同時に、素材の無いところに素材を生み出すことができれば、世界中のどこでも素材を生み出すことができるんじゃないかという可能性を探っています。今回はコップという形状で提案していますが、淡水化された水を、海水から作られたコップで飲むことで、ふとサステナビリティを感じてもらえたら、素敵なプロダクトだと思います。
佐藤:本来素材でないものを素材に変えてしまうというのは、すごい発想ですね。
松永:さまざまな素材の中に眠っている機能的価値や感性的な魅力は、まだまだあると考えていて、今回の展示ではクリエイティブパートナー田子學さん(MTDO inc.)と共に、それらを再発見し、具体的な形にすることで「そざいの魅力」を見える化することを目指しています。カズーさんが「FASTAID」で考えてくださったように、素材が持つ価値をこれからの社会に生かしていくためにも、そのきっかけとなる場にできればと考えています。
佐藤:また新しい素材に会えそうですね。楽しみです。
MOLpCafé(モルカフェ)
■会期:2018年3月7日(水)13:00~11日(日)16:00
※入場自由(無料)
■場所:ライトボックス青山(東京都港区南青山5丁目16-7)
■作品例:フォトクロミック技術を使ったアクセサリー類「SHIRANUI」
海水から作ったイノベーティブプラスチックの提案「NAGORI」
圧電ラインを使ったアクセシビリティ・デザインの提案「STABiO®×Piezoelectric Line」
新しい素材キットの提案「MATERIUM™」
■MOLpのURL:https://www.mitsuichem.com/jp/molp/