論理と感性で捉える「インサイト」 — 大松孝弘氏×嶋浩一郎氏 【後編】

宣伝会議では、2017年12月に『「欲しい」の本質 人を動かす隠れた心理「インサイト」の見つけ方』を上梓した大松孝弘氏の出版記念セミナーを開催した。ゲストに博報堂ケトルの嶋浩一郎氏を迎え、本書のテーマである「インサイト」について公開対談を行った。当日のディスカッションの一部をレポートする。

【前編】「人の欲望の発露、「インサイト」を捉えるには? — 大松孝弘氏×嶋浩一郎氏 【前編】」はこちら
【中編】「バイアスにとらわれず、「人を見る」ことの重要性 — 大松孝弘氏×嶋浩一郎氏 【中編】」はこちら
【後編はこの記事です】

世の中の違和感から、新たな価値創造をする

嶋:僕はインサイトの発見のときに、「日常の違和感」をすごく大事にしていて、違和感にこそ新しい欲望の胎動が発見されると思っています。

例えば、一人で旅行をしたり、一人でご飯を食べたりする「おひとりさま」と呼ばれる女性が世の中に出現しました。おひとりさまの出現は、いちいち仲間や上司とご飯を食べたくない、一人でいたいという新しい欲望の発露だったわけです。

つまり、世の中における新しいインサイトの出現です。そのインサイトが出現したおかげで、おひとりさま向けの宿泊パッケージをホテル業界がつくることができたわけで、おひとりさま向けのメニューを飲食業界がつくることができました。インサイトに対するアンサーとしてビジネスが生まれるわけです。

ですが、すごく重要なことは、多分ここに座っている皆さん全員が、おひとりさまと言われる前のおひとりさまを目撃していたことです。いままでの既成概念とは違う行動をする人々、つまり「違和感」を見ていたと思うのですが、先ほど述べた企業がこうあってほしいと思ってしまうバイアスと同じように、多くの人が一人で吉野家でご飯を食べている女性を、「今日は偶然一人で食べなければいけなかったのだろう」という例外的要素として捉えてしまうのです。同じ風景を、「一人でご飯を食べてもいいじゃない」という欲望の胎動や発露として捉えられるかどうかは大きな分かれ道だと思います。

「今日は偶然こうなんだ」ということで情報を処理していきますと、いつまでたってもインサイトは見つかりません。ですが、一人でご飯を食べている人を4、5人目撃したら、「これは一人でご飯を食べたい女子が増えているのかもしれない」と思えるかもしれません。

まさにおひとりさまが体現する価値が世の中に出現した萌芽を、自分はいま目撃していると思えるかどうか。この辺の感覚をきちんと持っているということを、大松さんは先ほど「システム的に壊していかなければいけない」とおっしゃっていたのですが、例えば大松さんの場合はどういうふうにインサイトを発見されるのですか。

大松:当社は今年から新卒採用を始めました。新人たちが仕事を始めますと、私や、既に働いているデコムの社員が、「それは面白い」、「それは面白くない」と言いましたときに、「その基準はなんですか」となかなか本質的なことを言ってきます。

僕が考えたことは、面白さはある種の新奇性のような新しさということです。ですので、新奇性や新しさを判別するには、「既存が何かということが分かる」、「新奇ではないものはどういうものかを知っている」ことが重要です。

イノベーションとは何か、新たな価値創造とは何かと言いますと、今の路線の延長線上にあるものではなく、新たな路線が生まれるものだということですから、既存路線とは何かということ認識しなければいけません。

例えばビールでしたら、「昭和からのヒストリーはどういう変遷か」というふうに、ヒストリーをまとめて、既存路線をチームで共有することがかなり大事なのです。

嶋:「ビールはこういうふうに飲まれてきましたよね」という既成概念のインプットがあるから、「でもこのような飲み方もあるのか」というフラッグが立ったときに、気付きやすい環境を整えられるということですね。

僕はこの本を読んですごいと思ったところは、僕らが感覚的にインサイトの発見をやっていたものを、システマティックにやっているところです。僕はどちらかというと、違和感を感じると、それをどんどん引き出しに入れていくような感じで捉えていきます。

なぜ最近バギーでペットを運んでいる人が多いのか、なぜハッシュタグに3行ぐらい長いコメントを書いている女性が多いのか、なぜSNSのアカウントに子どもの頃の写真を使う人が多いのか、というような。

きっとその背景にはなんらかの欲望があり、それが例外ではなくインサイトに違いないということを、ずっとストックしていきます。しかし、それはあくまで仮説であり、どれが本当にインサイトかということは分かりません。

大松さんがおっしゃっているプロセスを感覚で行っているところがあります。『「欲しい」の本質 人を動かす隠れた心理「インサイト」の見つけ方』は、サイエンスと感覚を合わせたナレッジが入っている本だというふうに思っています。

多くの人が、インサイトというとっつきにくい概念を「まずやってみよう」と考えることができる本を、今の時代に書かれたことは意味があると思います。

次ページ 「リサーチデザインは、AIがどこまで発展しても一生やってくれない」へ続く

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