リサーチデザインは、AIがどこまで発展しても一生やってくれない
嶋:一つ質問してもいいでしょうか。AIなどの技術が進化していきますと、インサイト探求法やインサイトでのビジネスが変化すると思います。今後、テクノロジーによる変化に期待することはありますか。
大松:テクノロジーを使うことで、より多くの事実に触れることができるようになりますので、すごく必要なことですし、それをキャッチアップしないといけません。
これは「体の不調」をテーマに、新たなオポチュニティー(ビジネス機会)やインサイトを探ろうというプロジェクトの例です。病気ではなく、だるいといったような不調についてです。Googleトレンドで「だるい」というワードを検索すると、ちょうどなぜか6月の辺りにピークが毎年くることが分かり、同時検索のワードもいろいろ見ることができます。
「生理だるい」「眠いだるい」などがあるのですが、見ていくと、「ふくらはぎだるい」というワードがあります。これはなんだろうと思いました。「ふくらはぎ」と「だるい」の検索数の推移を見ますと、6月とぴったり一致しています。これには因果関係があるのだろうかと思いました。
統計を学んでいらっしゃる方は分かると思いますが、これはいわゆる、「相関がある」という状態です。相関係数が高いのですが、相関という世界は因果関係までは証明してくれません。そこで因果関係を見にいくために、Twitterでの投稿内容を見にいきました。
Twitterでふくらはぎ&だるいで投稿しているものが、過去30日で120件あったのですが、見ていくといろいろなシーンが見えてきました。例えば、ふくらはぎの辺りがとてもだるい人は、長時間のバス移動が大変だったというようなことであったり、立ち作業でふくらはぎがだるい、靴を脱いで足を伸ばしたい、などと言っていたり、シーンや困っているところが見えてきましたので、因果関係がありそうな気がしますよね。
例えば同じように、「痛い」というワードの検索を同時に見ていましたら、頭痛などもあるのですが、面白いもので、「背中が痛い」というものがあります。「少し分かる」と思いませんか。背中が痛いときは、なぜ背中がいたいのか、肝臓が悪いのか、腎臓が悪いのか、というような感じで少し怖いですよね。
これをどういうプロジェクトにしたかと言いますと、体の部位ワードと、「だるい」「つらい」「痛い」というような不調ワードの相関を検索で見ていきました。そうすると先ほどのような面白い発見がいくつか見つかります。そして、その因果関係を見るためにTwitterなどを見にいきます。
AIとインサイトを考えるうえでの一つは、こういう「リサーチデザインができるか」ということです。そのセンスはAIは教えてくれません。リサーチデザインはAIがどこまで発展しても、一生やってくれません。何を調べるか、というところまでです。もう一つは、「ふくらはぎだるいとは何か?」という違和感に関しても今のところAIは教えてくれません。
嶋:そもそも分かりませんから。
大松:はい、そもそもAIは意味を理解しませんから、まだまだ予測すらままなりません。データサイエンスでは因果関係の説明もまだまだです。ですから、本当の意味でここまでいくことはまだまだ先なのです。
最後に、こういったデータをインサイトやオポチュニティーを生かそうとするときの、基本的な態度についてお伝えしたいと思います。アラン・カーティス・ケイという人をご存じでしょうか。1970年代にパーソナルコンピューターや、ノートブックパソコンのプロタイプを発明された方です。この人がこういうことを言っています。
「未来を予測する最良の方法は、それを発明してしまうことだ」という言葉です。
また、ピーター・ドラッカーは、「未来は知り得ない、しかし自らつくることはできる、成功した企業はすべからく自らの未来を自分の手でつくってきた」という言葉を残しています。
アラン・カーティス・ケイという人は、ゼロックスの研究所の研究員です。彼のこの言葉は、「これからどのような時代になるのか」「何が起きるのか」と、研究所に聞きにくる実務家に対して放たれたものです。ちなみに研究所の他のスタッフも気に入ったこの言葉は、研究所のスローガンにも採用されました。予測を当てたいのではなく、新たな価値創造をしたいわけです。
嶋:とても分かります。レクター博士いわく、目の前にそれが出現すると欲しくなるわけで、何を出現させるかということです。インサイトに関してはいつまでたっても仮説にしかすぎませんが、その精度を上げるお話が本の中にいろいろと書いてあります。シニアが最近コメダ珈琲店にたくさん行っているという行動の背景にある欲求はなんなのか、という仮説は幾つも立てられます。その仮説を立てる姿勢が大事だと思っていますが、インサイトはなかなか見つけられない。インサイトは非常に森厳で奥深いものだと思っています。
【前編】「人の欲望の発露、「インサイト」を捉えるには? — 大松孝弘氏×嶋浩一郎氏 【前編】」はこちら
【中編】「バイアスにとらわれず、「人を見る」ことの重要性 — 大松孝弘氏×嶋浩一郎氏 【中編】」はこちら
【後編はこの記事です】
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ヒットを生み出すには、ニーズからインサイトへ。いまの時代、消費者に聞くことで分かるニーズは充たされ、本人さえ気付いていないインサイトが重要に。人の「無意識」を見える化する、インサイト活用のフレームワークを大公開。