例えば、登場人物のひとりはイスラム教を信奉する若者です。彼はミサイルが飛び交う現場でターバンを身につけ、決められた時刻になるとメッカの方角に向けて敬虔な祈りを捧げます。彼の上司や同僚たちはそれをサポートし、見守っています。
また、厳しい訓練において、兵士が互いを励まし合うシーンや、ふとした休憩時間にジョークを飛ばして笑い合うシーンなどが撮影されています。アニメーションで語られる兵士のモノローグでは、英国軍は疎外感を感じずに仕事ができる職場であると語っています。
そのほかにも、「自分の宗教を信仰していていい?」「もし精神的に辛くなってしまったら?」「同性愛者でも入隊できるの?」「スーパーヒーローじゃないといけない?」といった疑問が現役兵士の声で囁かれ、それぞれのテーマに沿った動画で、英国軍がインクルーシブであることをアピールしています。
このCMに賛同するある退役軍人は、「英国社会は昔と異なり、人種も宗教も、さまざまな人々で構成されており、軍としてもこうした社会の変化を反映すべきである、また、さまざまなバックグラウンドを持つ若者を雇用する立場として、それぞれ個人の考えや文化を尊重することが重要だと考えている」と述べました。
これに対し、反対する退役軍人は「社会が変わったとしても国を守る軍としての責務は変わらない。果たして文化のダイバーシティや個人の尊重を重んじる職場環境が、雄々しく戦うことを希望する、戦力となる若者を魅了するだろうか。従軍は生易しい職務ではなく、自分の意見を通したり、細やかな精神的サポートが受けられるような環境は約束できない。このCMは英国軍が軟化し、弱体化した印象を与え、好ましくない」と述べました。
CMの制作意図に関する結果から言えば、今回大きな話題となったことでより多くの、広い階層の人々の関心を呼んだ、という点でキャンペーンは成功と言えるでしょう。また実際のリクルート効果についても、最初の広告が出された2017年1月から10月までの間に、実におよそ19000名もの18歳以下、そして約49000名の18歳から24歳の若者が応募に殺到し同年11月にはすでに訓練を始めた人もいるとのことです。
ウエストミンスター大学でPR&広告学の教鞭をとるシニアレクチャラー、カール W. ジョーンズ氏は広告メッセージの批判に関して、「英国はもはや大英帝国ではなく、今の英国軍に与えられた使命は外国に赴き、武力で植民化することではありません。ひとつの国の象徴としてリーダーシップを発揮し、新しい考え方を示すことです。今回の広告キャンペーンで軍隊に対する国民の見方は変化し、従来の軍隊らしさ、というステレオタイプから踏み出すことで、多様なセクシュアリティ、人種、信仰を持つ人々に訴えかけることができたのです。政府というものは時に国家における最大の広告塔です。今回のキャンペーンを通して英国軍は先進的なイデオロギーを提唱し、英国が社会の変化に適応していることを示せたと思います。性別、人種、宗教、社会的階級にとらわれず、従来の軍隊のイメージを払拭したことで、新しい英国軍のイメージを確立できたのではないでしょうか」と述べています。
政治的、経済的、社会的に大きく揺れ動く中、現在の英国は実に多くの分野で新たな方針と選択を強いられています。今回の「This is Belonging」キャンペーンでは、英国における軍隊とはどうあるべきか、という議論が国民に改めて提示され、大きな議論を呼びました。社会の動きの一つひとつが国民の関心を呼び、政府を通して進むべき道の選択と判断がなされ、国が少しずつ前に進んでいく様子を目の当たりにできる、興味深い一例だと感じました。
出展:
http://www.telegraph.co.uk/news/2018/01/10/new-softer-army-recruitment-ad-neglects-main-group-people-interested/
http://www.dailymail.co.uk/news/article-5258117/Trendy-agency-based-good-karma-new-Army-ads.html
http://www.thedrum.com/opinion/2018/01/12/why-the-new-british-army-advert-actually-communication-success
https://www.theguardian.com/uk-news/2017/nov/29/charity-criticises-british-army-campaign-to-recruit-under-18s
https://www.thesun.co.uk/news/5307683/british-army-advert-campaign-emotional-support-solider-political-correctness/
https://www.campaignlive.co.uk/article/british-army-this-belonging-karmarama/1420017
小西純子氏
神奈川県鎌倉市生まれ。英国ウエールズ大学アベリストウィス校にて美術史の学士号、同国マンチェスター大学にてアートギャラリー&博物館学の修士号を取得。日本帰国後、都内外資系ホテルにて11年勤務、総支配人秘書を経て広報を担当。館内での音楽やアートイベントの仕掛け、ホテル滞在経験、レストランでのダイニングエクスペリエンスに特化したプロモーションなどに携わる。趣味は音楽と美術。