インドで「逆境」には2種類あると気づいた
前田:自分はまぁ何とかなるなと思って。ATMで引き出せるし。さらにその後、畳かけるように悪いことが彼に起こるんですけど、彼の両腕をもって次の駅に降りたら、インド人が彼をバーンと思い切り投げ飛ばしたんです。それで僕はまわりのインド人と「なんでそんなことするんだ、ひどいじゃないか」とケンカしたんですね。
そしたら「カースト制度の中でもアンタッチャブルで、彼に施しを与えること自体が罪になるくらいの子だ」と。そう言われてハッと気づいたのが、逆境と世の中で言われるものには2種類あって、努力で後天的に乗り越えられるものと、後天的にはどうしようもないものに分かれていると。
権八:はい。
前田:世の中のハンディキャップ、機会の不均等の中でも後天的にはどうしようもない状況に晒されている人達に対して、努力さえすれば乗り越えられるような場所をつくることが自分のミッションだと感じたんです。インドで自分の価値観を揺さぶられたというか、「誰でも彼でも弱者だったら救いたい」「機会不均等に置かれている人を救いたい」と思ってるわけじゃなくて、努力の向き先がない、努力することをそもそも知らないという状況を引っくり返したいと思ったんです。
もっと具体的に言うと、彼がポンと投げ出されたその駅にネットをちゃんと敷いて、生配信できるような仕組みを置いて、彼が僕にやってくれたような太鼓の演奏をSHOWROOMでブロードキャストすれば日本人もアメリカ人でも僕と同じようなことを感じる人が動画の向こう側にいたら、「すごいね、こいつ」と、ファンディングするかもしれなくて。
横にATMマシンがあってお金が引きだせれば、彼は後天的な努力でフラットにお金を得て、豊かに生きていけるかもしれないと思ったんです。それは僕ら民間が仕組みをつくってしまったほうが早いなと思って、インターネットの力を使って、機会の不均等を少しでも直していくことができたら、生き甲斐を感じるなと。そう思ってはじめたのがSHOWROOMなんです。
中村:そういう原体験があるからか、SHOWROOMというビジネスがうまくいきそうだと。「これだ!」と繋がった瞬間があったんですよね?
前田:ありました。自分自身が小学校5年の終わりに食い扶持を得るために駅前に出て、弾き語りをして、ギターケースにお金を入れてもらって。初月は数百円しかもらえなかった頃から毎月10万円ぐらいまで貰えるところまではいけたんですけど、そこに至るまでに自分がやったことが自分の中でノウハウとして沁み込んでいて。
権八:本に書いてあった松田聖子さんの歌の話、ちょっと泣けました。時間差で『赤いスイートピー』からの『白いパラソル』でしたっけ。
前田:そうです。いろいろ繰り返しやっていくなかで気づいたのが、松田聖子さんのライブを見に行っても、みんな1万円以上は払わないじゃないですか。ライブのチケットは1万円もしないことがほとんどなので。でも、僕は小学生ながら明確に1万円札が欲しかったんですよね。
それで1万円以上もらおうと思ったときにどうしたらいいかを考えて、試行錯誤してたんですけど、それはうまい歌をうたうことじゃなかったんです。僕の歌をどれだけ芸術性を高めても、松田聖子さん、ゆず、吉幾三、小坂明子、南こうせつ、その人達以上に芸術的観点で歌えるわけがないと思っていました。
だから芸術性じゃないところに価値を感じてもらって、対価を貰わなければいけないとなると、「個人個人の心の繋がり」だと思って。浅く広くじゃなくて、狭く深く、ある1人のために一所懸命練習したりして、1人、2人、3人と濃いファンを増やしていくという弾き語りの仕方をしてたんです。
権八:『赤いスイートピー』を歌ったら、聞き入ってくれたマダムがいて、「『白いパラソル』知ってる?」と言われたんですよね?
1対1の関係性を深めていくことの価値を知った
前田:はい。知ってるときも知らないときもあるんですけど、基本的には1週間ぐらい時間をかけてブラッシュアップする時間をもらって、1週間後にまた来てもらうということをしたんです。
権八:その人のためにちゃんと練習して歌うと。
前田:そうすると、そもそも来てくれないというケースが極めて少ないんですよ。なぜなら僕は営業のように、必ずその場でカレンダーに僕の歌を聞きにくることが入るまでは帰さないので。
中村:へー(笑)。
前田:「ちゃんと入れてよ」って(笑)。「カレンダー書いてくれました? 忘れないでください、僕本当に練習しますから」と。1週間後に歌をうたうと、歌のクオリティはほぼ意味をなさなくて、「1週間の間、私のためにちゃんと練習してくれたんだな」と、そこに思いを馳せてくれるというか。
権八:そうですよね。
前田:「曲というコンテンツ対聴衆」という関係性をつくるのか、「人対人」という関係性をつくるのかで、明確にやり方が変わってくると思って。曲に浅く広くいいなと思ってもらって、浅く広くお金を獲るモデルなのか、あるいは人対人の関係性を積み重ねていって、1人ひとりからきちんとまとまった金額をいただくのかのどっちかだと、やっていて気づいたんですね。
僕が得意なのは後者だと。そこで人と人の心の繋がりを何個つくれるかに意識を向けて、そのために必要なのがコミュニケーションだったり、リクエストに応えたり、ということだったんですね。
中村:この番組は広告の番組で、権八さんも澤本さんも一発出せば何百万人、何千万人にリーチするCMのお仕事をわんさかやってるわけですよ。拡散メガ粒子法の専門家のように。
そういう人達に対して、ちょっと前からヒカキンみたいなユーチューバーが500万ビューなど叩きだしているのが信じられない。俺らもバイラル動画をつくってみようと。でも、頑張っても100万ビューぐらいで、この人達は毎日こんなの出し続けているのが信じられないと思っていたら、さらにSHOWROOMというそのネオなバージョンが現れて、SHOWROOMの中で生配信して、支援をもらっている子達は、多い人は1日何百万などそういう単位で。
前田:そうですね。月だと1,500万、2,000万円近くいく子も出てきてるので。
中村:すごいことですよね。前に前田くんにその理由を聞いたときに「広さより深さだ」と。それが権八さん、澤本さんと議論したかった部分なんですよね。SHOWROOMでやってることはまさに前田くんの原体験のように、個別の目の前にいるファンの人達に向かい合って、15秒×100万人で合計1,500万パワーじゃなくて、5人に対して毎日深いコミュニケーションをとってるほうが価値が高いんじゃないか、ということを仮説ではなく、実際にビジネスになっているのがすごいと思ったんです。これはやってみたらそうだったということなの?
前田:いえ、それこそ小5、6からずっとその感覚なんですよ。1対1をいかに繰り返すかだったんです。自分がちゃんとお金をもらって生きていく、ということをゴールに考えたときに、丁寧に繰り返して、本当の意味で自分のことを応援してくれる人が何人いるかのほうが価値があると強く思ったんです。単純に自己表現として、俺の歌を聞け、ということがやりたいんだったら、ちょっと違うと思うんですよ。
中村:なるほど。
前田:本当はオリジナル曲で自己表現をしたいわけじゃないですか。でも、オリジナルを歌っても一向に人が立ち止まらないので、全然歩留りが違うんです。歩いてる人を分母としたときに、オリジナルとカバーで立ち止まってくれる率って変わるんですね。
なぜ僕がうまくできたかというと、ゴールが明確だったからです。お金をギターケースに入れていただくということが明確にあったので。文字通りハングリーで死活問題だったから、ちゃんと毎日お金を稼がないと、お腹空いてるし。だから仮説検証を繰り返せたのかなと思っていて。そういう意味では「制約」って大事だったなと思います。制約だらけじゃないかと思ったけど、むしろ制約があってよかったと思ってますね。
権八:小学生ながらにそういうことを考えられて。今、前田さんの話を聞いていて、キングコングの西野さんも近いことを言われてるし、実践されていて。自分のライブのチケットを1人ひとりのファンに手売りしてたり。そういう濃い絆を大切にする。あと、前にもゲストに来てくれた編集の佐渡島さんも言われていることはそれに近いなと思います。
前田:コミュニティの研究をすると、そこにいきつくんですよね。