SHOWROOMと「新しい地図」には共通点がある
権八:僕は「新しい地図」という、元SMAPのメンバーのお手伝いをしていて。主戦場を超メジャーなところからネットを含むいろんな場所に移してやっているんだけど、メジャーなところで天下をとって、すごい景色を経験してきた彼らだからこそ、今ネットで毎日のように細かいコミュニケーションをファンクラブに向かってやってるんです。
「仲間」と呼んでるんだけど、仲間に対してそういうアプローチを続けることで、どんどん絆が深まっていきますよね。そういう人達に本当に支えられているんだということを彼ら自身も実感して感謝もするし。そうすると、彼らも支えているファンに対してもっと一所懸命になって、どんどん良い循環で絆が深まって。
メジャーで極めた彼らがかつてとは違う、真逆と言っていいかわからないけど、そういうことをやっていて。面白いなと思いながら、前田さんの話を聞いてました。
前田:おっしゃる通りです。
中村:あれはコミュニケーションうまくいってますよね。はじめから「草彅くん、YouTuberでやります」と言ってましたもんね。
権八:前田さんと事情はかなり違うとは言え、「制約」とゆうか「逆境」とゆうか…。
前田:俯瞰目線で見ると、人々が求めているものが変わってきているということだと思うんです。聴衆はよりインタラクティブなものを求めているから、一方通行で「おーい」と話しかけても返ってこないテレビよりも、好きな子からLINE返ってきたらそっちに気がとられちゃいますよね、ということが起きると思うんですけど。
権八:そうですよね。
前田:つまり、このスマートフォンというデバイスって自分のアクションに対してリアクションが返ってくることが前提になっているじゃないですか。そういうインタラクティブのもののほうが快楽の度合いが大きい。インタラクティブじゃないコンテンツを提供していても、人々はどんどん離れていってしまうと思うんです。
だから、もっと人はインタラクティブなものに、一方的に流れてくるものじゃなく、自分がその中の主人公の1人として介在できるものに時間やお金を割いていくとすると、コンテンツ供給側も需要側の変化をちゃんと理解して、コンテンツ供給の在り方を変えていかないといけない。それが今のコンテンツをつくっていくときに本質的に見誤っちゃいけないところなんだと思います。
僕はよく「自分の物語、他人の物語」と言ってるんですけど、世の中の需要と関係なく、つくりあげた芸術作品、俺の芸術作品を消費しろ、というものが受け入れられていた時代と、聴衆もコンテンツの一部と実感できることが価値になって、ヒット確率が高い時代と、行ったり来たりすると思うんです。今は後者に寄ってると思うんですよね。でも、また他人の物語の時代が来ると思っています。
権八:あ、そうですか?
中村:えー、本当?
前田:どこかのタイミングで来ると思ってます。それは自分の物語にグラデーションがあって、自分の物語を感じることができる他人の物語というのが間にあるんですね。たとえば、ゴジラもそうで、出てくる地名が全部親しみあるもので。
権八:具体的でしたからね。