「モノからコトへ」の本当の意味~体験ブランディングの背景にあるもの(後半)

【前回コラム】「企業の「売る」から生活者に「選ばれる」へ~体験ブランディングの背景にあるもの(前半)」はこちら

「売る」から「売れたあと」にもたらされる体験/経験価値へ

新聞に20代で起業している若者たちのインタビュー記事が載っていたのですが、その中に興味深い言葉がありました。要約するとこんな内容です。

「僕たち平成生まれ(ゆとり世代)は物欲が希薄だと思う。
いい車やいい時計なんか欲しくないし、洋服もファストファッションで十分。
お金は趣味や経験のために使う。モノよりも経験や体験に魅力を感じるんです」

こうした消費行動は平成生まれの若者に限ったことではなく、30〜40代も同じように考える人が多くなっている気がします。大量消費社会、成長社会が陰りを見せつつある今、消費者のニーズは「モノの豊かさから心の豊かさに変わった」と言えそうです。

それは、若者を中心に「人はスペックや機能ではなく、モノが実現してくれるコトの豊かさや満足度で商品やサービスを選ぶようになった」ということであり、広告の世界で久しく言われていた「モノからコトへ」が、いままさにリアリティを持って社会を動かしつつある──そんな風に解釈することもできます。

「消費者×ブランド」が共創することでブランドの体験価値がつくられる

前回「機能やスペックで差が出ない成熟社会において、ブランドや商品の価値を決めるのは消費者である」「選ばれるためにまず必要なのは、企業主語で語るのではなく徹底した生活者目線になることだ」という話をしましたが、モノが売れる構造は大きく変化しています。顕著なのはインターネット登場以前と以後だと言われています。

インターネットがまだ浸透していなかった時代は、モノの存在価値は企業側の製品力と、それを伝えるマスメディアの掛け算で形づくられていたといってもいいでしょう。しかし、大量の情報が溢れる現在、従来型のブランディング方法では、もはやその価値は消費者の芯には届かなくなってきました。

消費者は溢れる情報を瞬時に判断して、自分の感覚に合わないもの、興味のないものはスルーしてしまいます。情報のリアリティは自分の感覚やセンスと合うメディアやSNSなどのコミュニティに依存していて、さらに同時に自分の体験や経験を発信して周りから共感されることで、いまどきの価値は形成されていきます。

ブランドがエンゲージメントを築くためのキーワードは、消費者がリアルに影響を受けるコミュニティ(=スモールマス)の文脈に入れてもらえるかどうか?にかかっています。

・信頼のおける仲間がどう語っているか? 
・自分が経験したことが、どれだけ人に伝えたい内容だったのか? 

こうした一つひとつの評価が集積され価値がカタチづくられていきます。

特徴的なのは、これが企業発信の情報でも同じということです。だからといって、昔のようにブランドからの約束を一方的に伝えても、トークバリューは生まれません。ソーシャルメディアのようなコミュニティの主導権は広告主ではなくユーザーにあるからです。

広告枠でいくら企業の情報を発信しても共感されなければ、即スルー。存在しないのと同じです。

ソーシャルでつながるコミュニティでは、彼らの話のネタにしてもらい、共感をつくり、さらにつながりのある誰かに会話してもらうことが大事なわけです。

SNSを通してモノが個人の体験価値で語られるようになると、ブランドの価値形成は企業からの一方通行の情報だけでは成り立たず、生活者とブランドが共創してだんだんと出来上がっていくものに変わってきます。企業と生活者の関係はかつての他者同士ではなく、一つの輪となって共に価値をつくっていく関係に変わってきていて、両者がよい経験を積み重ねることで「生活者に選ばれる(=売れる)」ことに繋がっていくのです。

こういう社会でのブランド価値は、生活者とブランドが一緒になってコ・クリエイト(共創)するものにならないと成立しません。クリエイターやマーケッターは消費者にとっての“今”のリアリティを理解し、ブランド価値を再構築する必要性が出てきたということでもあります。このリアリティのベースになるものは、生活者の普遍的な欲求や感情で、それをドライブするものが体験です。

ブランドと消費者は「送り手と他者」という別々のレイヤーにいたものが、今はブランドと消費者が一体となり、その存在価値を作りあげていく関係になっている。

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藤井一成(ハッピーアワーズ博報堂 代表取締役社長/クリエイティブディレクター)
藤井一成(ハッピーアワーズ博報堂 代表取締役社長/クリエイティブディレクター)

1999年から博報堂でインタラクティブクリエイティブを軸に統合キャンペーンを手掛け、その後グループ内ブティック、タンバリンに参加。2016年より同社代表に就き「ハッピーアワーズ博報堂」に社名を変更。

“これでいい…”という消極的選択が溢れる成熟社会で、「ブランド」と「生活者」の関係性をアップデートする“至福”の体験価値をクリエイティブし、ブランデイングとマーケティングの両輪を動かしている。

藤井一成(ハッピーアワーズ博報堂 代表取締役社長/クリエイティブディレクター)

1999年から博報堂でインタラクティブクリエイティブを軸に統合キャンペーンを手掛け、その後グループ内ブティック、タンバリンに参加。2016年より同社代表に就き「ハッピーアワーズ博報堂」に社名を変更。

“これでいい…”という消極的選択が溢れる成熟社会で、「ブランド」と「生活者」の関係性をアップデートする“至福”の体験価値をクリエイティブし、ブランデイングとマーケティングの両輪を動かしている。

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