マーケターの仕事はカルチャーとブランドとのつながりをつくること
デジタルイノベーション、ソーシャルメディアの浸透により、世界には新しいカルチャーが生まれている。そして、このカルチャーは素早いスピードで変化しているが、マーケターはめまぐるしく変わるカルチャーとブランドのつながりを考え続けることが必要だ。
近年、カルチャーが変化するスピードは速まってはいるが80年代、90年代、2000年代とその時代のカルチャーを象徴するような存在になったブランドを振り返ってみると、これまでもマーケターがカルチャーとブランドとのつながりを考え続けてきたことがわかる。
このつながりを考える上で、必要なのがそのブランドが持つPurposeだ。そのブランドが社会に対して、どのような価値を提供する存在を目指しているのか、Purposeがある企業こそが成功を手にすることができる。Purposeを明確にすべき理由は対消費者向けのコミュニケーションだけでなく、若い優秀な人材を惹きつける上でも、そのブランドのPurposeに対する共感が重要視されている。
“FEARLESS”でなければクリエイティビティは発揮できない
また、ブランドだけでなく個人としてもPurposeを持つことが大切である。例えば、私自身はマーケターとしてこれまで「Humanity」と「Creativity」という2つの価値を重視してきた。常に、より良い人間であるためにはどうしたらよいかを考え、また自分のクリエイティビティで社会に貢献する在り方を模索し続けてきた。
年を重ね、経験を積むと、リスクを計算してしまい、クリエイティブであり続けることが難しくなる。子供時代には好奇心も旺盛で、恐れを抱かずに新しいことに挑戦できたのにも関わらず、だ。マーケターが“FEARLESS”であり続け、クリエイティビティを発揮する上では今の自分ではなく、自分の心の中に存在する、子供のころの自分にリードをさせることが必要となる。
Airbnbは今の時代のカルチャーを象徴する存在を目指す
私はコカ・コーラでマーケティング、クリエイティブに携わったのち、AirbnbでCMOを務め、現在は自分の会社を立ち上げたが、今もAirbnbのマーケティングに対するコンサルテーションを続けている。このプレゼンテーションでは、主にAirbnbのマーケティングについて話をしていく。
Airbnbは新しいビジネスをつくるだけでなく、次の時代のグローバルスーパーブランドを目指してきた。グローバルスーパーブランドとは、例えば80年代のコカ・コーラ、90年代のナイキ、2000年代のアップルのような存在のことで、これらのブランドはその時代のカルチャーを象徴する存在となっていた。
これらのグローバルスーパーブランドは、その時代のFEARLESS MARKETERたちがその時々のカルチャーの速度と一緒に前進し、チャレンジした結果、生まれたものだ。また、これらのブランドには社会に対する明確なPurposeを持っている点でも共通項がある。
コカ・コーラ「SMALL WORLD MACHINE」キャンペーンが生まれた背景
私は2006年に広告業界からコカ・コーラに移籍した。コカ・コーラに入社してしばらくの間、私はコカ・コーラの歴史を知ることに時間を費やした。なぜなら、歴史がわからなければ、私の意思決定に社内の理解は得られないと考えたからだ。
コカ・コーラの歴史を見ていくと、そのブランドコミュニケーションの歴史は、人々の気持ちをリフレッシュさせる機能的価値の訴求だけではないことがわかった。コカ・コーラは明確な社会に対するイデオロギーを持ち、それを発信してきたブランドなのだ。
例えば、1968年にキング牧師が暗殺をされた際、牧師の故郷であるアトランタに本社を置くコカ・コーラは自社のジェット機を貸し出し、キング牧師をアトランタ市に搬送する支援を行っている。アトランタの住民とともに、キング牧師の名誉を守り、そして一緒に冥福を祈ろうという考えのもとでとられた行動であり、その背後には人種差別に対する明確なブランドとしての考えが見える。
それだけではない。その後、1971年に出した広告では肌の色の異なる人たちがともにコカ・コーラを楽しむシーンを描いた。この広告は、撮影はキング牧師の暗殺の翌年に行われていた。世界最大手のブランドとして、多くのマーケティング予算を持つ会社として、人種差別を助長するような表現はあってはならない。歴史を調べていくと、このようにコカ・コーラは自分たちの社会に対する考えや姿勢を示してきたブランドであることが分かった。
私は、この広告から自分がコカ・コーラで目指すべき方向性が見えた。コカ・コーラは向上心があるブランドで、社会に対してインパクトを与えることができる存在だとわかったのだ。その後、私はカンヌライオンズでも複数の賞を獲った「SMALL WORLD MACHINE」などを企画・実施することになる。争いが続いていたインドとパキスタンの両国に特製のコカ・コーラの自動販売機を設置。販売機の前面にはスクリーンがあり、前に立つとスクリーンに相手の国に置かれた販売機の前に立っている人とコミュニケーションが取れるという企画だ。
Airbnbは今の時代を定義づける存在を目指す
その後、Airbnbに移るが同社にはコカ・コーラのようなマーケティング予算はない。現在は世界で知られるブランドに成長しているが、2014年当時は、ロゴマークすらなかった。
しかしAirbnbには、単にビジネスを大きくしようという発想だけでなく、企業としての理念や社会に対する明確な主張があった。私の役割は、このAirbnbのビジョンを社会にとって意味のあるものにすること。さらには、コカ・コーラ、ナイキ、アップルがしてきたように、Airbnbを今の時代を定義づけるような存在になることだった。
マーケティング予算はなかったが、例えばシカゴ美術館とコラボレーションし、ゴッホが描いた「ファンゴッホの寝室」を再現し、そこに泊まれる企画を実施したりした。こうした取り組みで、Airbnbは人々の会話の中に入っていける存在となっていった。
その後、転機となったのがビヨンセがAirbnbを使って宿泊した体験をSNSで発信したこと。セレブたちが利用することで、当時は“カウチサーフィン”とも言われていたAirbnbに新しい価値が生まれた。
マーケターは常にFEARLESSであることが求められる
しかし急激な成長を遂げる中で、トラブルも起きた。ホスト、ゲストの間で人種座別の問題が起き、それがニュースで大きく取り上げられることとなったのだ。私たちは、だれもが参加できるプラットフォームをつくることを目指していた。しかし、もし人種差別が行われているのであれば、それはブランドの理念には決して合致しない状態だ。
当時、CEOはすべての活動を停止して、この問題に対応すべきだと言ってくれた。私たちはその後、8か月間でゲストになるプロセス、ホストになるプロセスのすべてを見直し、Airbnbのコミュニティの中における差別的の排除する取り組みを行った。
さらに、私たちのこの一連の取り組みを映像化して、スーパーボウルの放映中にCMとして流した。製作費は6万5000ドルしか、かかっていないが、スーパーボウル内で放映されたCMの中で2番目にSNS上でバズを起こした作品となった。
マーケターにとってアイデアの大きさの方が、予算の規模よりもよほど重要だ。目まぐるしく変わるカルチャーとつながりことができるブランドであるためには、チャレンジが必要で、マーケターは常にFEARLESSであることが求められる。