スター・ウォーズからカズオ・イシグロまで — 5つの「物語」から学ぶマーケティングのヒント

【前回の記事】「100兆円企業になるための秘訣とは?Google、Facebook、Apple、Amazonの次の未来の企業を担う8つの要因」はこちら

自然は芸術を模倣する

123RF

ひとは世の中に実際に起こったことも想像の世界を描くフィクションのことも、「物語」や「ストーリー」と呼びます。そして、現実の世界で起きる物語が“本物”で、映画や小説で描かれる物語は偽物や虚構だと捉えられています。
芸術は自然を模倣する、というのが人間の創造する物語の世界の基本です。しかしながら、人間の世界ではときたま、オスカー・ワイルドが述べたように芸術世界を模倣して生まれる現実というものがあります。

虚構の物語の世界の模倣から生まれた現実は、ビジネスの世界の中でも散見されます。現代のIT起業家のなかでは、特にSFがそのモデルになっていることが多いようです。ブライアン・デイビッド・ジョンソンの氏の『インテルの製品開発を支えるSFプロトタイピング』にあるように、実際にSF作品からインスパイアされたアイデア作成やプロトタイピングがされているようですし、ダグラス・アダムスやアイザック・アシモフの著書はイーロン・マスクやジェフ・ベゾスに愛されているという話も耳にします。

なぜ、IT起業家たちがSFの世界からインスピレーションを受けるのか。それは物語が想像力を借りて未来について思考しているだけでなく、歴史と同じように、人間に関する真実を描き出しているからだと自分は思います。
というわけで、今回のコラムでは、現代のSFや古典からノーベル賞作家まで独断と偏見で選んだ5つの物語から、マーケターが学ぶべき視点をご紹介したいと思います。

1.スター・ウォーズ初期3部作 「新たなる希望」「帝国の逆襲」「ジェダイの帰還」

ひとつめの物語は、スター・ウォーズです。スター・ウォーズは、よく分析されるように物語の王道であり、スタートレックと並んでSFをジュブナイルな世界から大人も楽しめる空想世界までに成長させたシリーズです。

スター・ウォーズが何故、ここまで愛されるようになったのか。ひとつのブランドとしてのスター・ウォーズの戦略も、十分マーケティング的に興味深いですが、私はマーケターが自社ブランドのストーリーを語るのにもっともわかりやすい比喩として使えるという点で学ぶべき視点があると考えています。
同様のことはハリー・ポッターシリーズにも言えるのですが、スター・ウォーズのほうが3部作というまとまりがあるために、より簡潔に伝えることが出来ます。

私が感銘を受けたスター・ウォーズからインスパイアされたビジネスの話は、米でクラフトビールの先駆けでもあるボストンビアカンパニーのケースです。ボストンビアカンパニーは、「サミュエル・アダムス」というクラフトビールで90年代に急速に成長したところで、大手ビール会社に目をつけられ、競合するブランドを買収した大手企業から攻勢をしかけられます。そこで創業者のジム・クックは、過去ののんびりしたローカルのビジネスを脱して、大手に真っ向から戦う戦略を取り、見事ビジネスは再成長することになります。実は、この創業者はスター・ウォーズの3部作を見直して新たに出発する方法を見つけたそうです。

具体的には、ルークがフォースの修業を途中でやめた後に再度修業をし直しにヨーダのところに戻ったように、自社の原点にかえって強みを再度確認しビジネスを再構築したということです。
こう見ると、急速な成長(新たなる希望)、大手の攻勢を受けて(帝国の逆襲)、新たに再出発する方法を見つけ、再び息を吹き返す(ジェダイの帰還)とスター・ウォーズの物語になぞらえることができます。
このように、フィクションとはいえ、物語に学ぶ点はあり、それはただのアドバイスよりもずっと心を動かすものなのです。

2.エドガー・アラン・ポー「盗まれた手紙」

エドガー・アラン・ポーは推理小説の創始者ともいわれる20世紀初頭のジャーナリストであり作家ですが、「盗まれた手紙」はデュパンという探偵が出てくる有名な短編です。とある地位の高い女性のスキャンダルにかかわる手紙が盗まれ、その手紙を回収するために警察から依頼された探偵が見事に解決する話で、トリックも現代の読者にとってはたいしたものではありません。

しかしマーケターにとっての教訓が非常に上手に描かれています。その教訓とは、デュパンに発見することのできた手紙を、なぜ警察は見つけることができなかったのか、その失敗にあります。答えを知っている読者にとっては、犯人の邸宅を微に入り細に入り手紙を捜索していた警察は無能というより、犯人がどう手紙を隠すかという視点を一切無視して、「一方的な分析や努力」に労力を割いていることがわかります。犯人を顧客、一方的な努力をマーケティングに置き換えれば、この状況はよく理解できるでしょう。デュパンが優れていたのは、隠れた手紙を発見したからではなく、犯人の視点で「手紙を探すとしたら絶対にそこは外すだろう」という箇所を見つけたことにあります。隠れたものを見つけるためには、むしろ見えているものをよく見ることのほうが重要です。たとえば顧客が買わない理由とは、その理由を直接顧客に聞くよりもその行動をよく観察することによって理解が深まるように。

3.ウィリアム・シェイクスピア「マクベス」

今更ではありますが、聖書とシェイクスピアを知っているか知らないかによって、欧米のビジネスエグゼクティブやインテリ層との会話はかなり違ったものになるでしょう。単なる教養というよりも、シェイクスピアの喜劇や悲劇は、古典的なストーリーやプロットの宝庫であり、英国文学でありながら舞台はヨーロッパ全般に渡り、ルネサンス期の世界観というものが、すでにインターナショナルなものだったことを理解できます。「ロミオとジュリエット」の舞台はイタリアのヴェローナですし、「ハムレット」の舞台はデンマークです。元になった物語もギリシア・ローマ時代の古典からのもので、単なる作家性のみならず知識そのものが多様なテキストから成っています。

それはさておき、3つ目のお勧めの物語は「マクベス」です。はシェイクスピアの4大悲劇の中で最も陰惨な話で、舞台はスコットランド。もちろんマクベスはストーリーとしてはカクテルパーティ向けの話題ではないですが、蜷川幸雄の歌舞伎的な演出をはじめ、現代的な翻案が多い有名な話です。マーケターとしてはそういう点もぜひ見てほしいですが、特に重要なのは、マクベスというキャラクターは、徹底的に他者に翻弄されて人生を狂わせる点です。それはまさに広告メッセージや未来のビジョンによって動かされる消費者やマーケターのようです。そういう点を身につまされる悲劇として読むとより理解が深まると思います。

4.カズオ・イシグロ「日の名残り」

ノーベル賞受賞作家、カズオ・イシグロ氏の代表作の一つであり、英国ブッカー賞受賞作の「日の名残り」。過去の長編小説では日本を舞台にした作品を発表していた彼が一転して英国を舞台にして、イギリスらしい執事を主人公にした小説を書いて話題になりました。驚くべきなのは日本を舞台にして小説を書いていた当時の批評家は、イシグロをマイノリティとしてやや批判的に「日本的」と評していましたが、この作品によって彼は真の英国人作家としての地位を確立したことです。

最近、村上春樹氏がこの作品を読んだ感想として、表面的には英国的なことを表現したとしても、英語で読めば読むほど、イシグロの日本人的な資質を感じざるを得なかったと述べていました。イシグロ氏が主人公に選んだ執事という存在そのものは、かつて彼が日本を舞台にした小説でも暗示させていた「語られぬ真実」や「信頼できない語り手」によって想像力を掻き立てる設定であり、それは舞台がどちらでもイシグロ氏の作家的な特質が際立っていたことは間違いないでしょう。マーケターとしては文学的な評価は別にして、マクベスとは違った意味で歴史に翻弄された主人公スティーブンスが何を語り語らなかったか、をマーケターとして想像してみてほしいです。そこにどんなインサイトがあるかを見つけてみてください。

5.スコット・フィッツジェラルド「グレート・ギャツビー」

村上春樹氏の敬愛する米作家スコット・フィッツジェラルドの有名な小説で、第一次大戦後のアメリカの1920年代の好景気時代であるジャズ・エイジを背景にした物語の「グレート・ギャツビー」。ギャツビーというキャラクターは、アメリカという国の偶像を見事に表現しており、成り上がりの俗物でありながらロマンティックな純粋さを持ち合わせたナイーブな存在です。小説では富裕層の世界を描きつつ、その富の暗闇として貧しい労働者の姿も描かれるのですが、小説の鍵となる場所にはとある商品の屋外広告が出てきます。それは眼鏡の看板で、それは闇を暴く人々の目、神の視点を象徴しています。マーケターとしては、どうしてもギャツビーの上流社会を舞台にしたスキャンダルにとらわれがちですが、悲劇としてのアメリカ社会、そして語り手であるニックの客観性は、ぜひ世の中を見る視点として持ってもらいたいものです。世の中には安易に語られるストーリーや事実はあっても、その背後に見える立体的な視野というのを大切にすべきかと思います。

これらの作品をすでに映画や舞台で見たり読んだりした方でも、再度ぜひマーケティング的な視点で見直してみてください。マーケティングとは単に商品と商品の関係ではなく、常に人と人との関係によって描き出されるものです。これらの物語の主役たちが、もしあなたにとって大切な顧客だとしたら、みなさんはどのようなマーケティングのストーリーを描くでしょうか。

鈴木健(ニューバランス ジャパン マーケティング部長)
鈴木健(ニューバランス ジャパン マーケティング部長)

1991年広告会社の営業としてスタートし、ナイキジャパンで7年のマーケティング経験を経て2009年にニューバランス ジャパンに入社し現在に至る。ブランドマネジメントおよびPRや広告をはじめデジタル、イベント、店頭を含むマーケティングコミュニケーション全般を担当。

鈴木健(ニューバランス ジャパン マーケティング部長)

1991年広告会社の営業としてスタートし、ナイキジャパンで7年のマーケティング経験を経て2009年にニューバランス ジャパンに入社し現在に至る。ブランドマネジメントおよびPRや広告をはじめデジタル、イベント、店頭を含むマーケティングコミュニケーション全般を担当。

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