延焼は避けることができる
では、組織の危機に対して広報は何もできないのだろうか。そういうわけではない。一度燃え広がった火を「もみ消す」ことはできなくても、無用の延焼を避けることはできるからだ。
別の言い方をすれば、炎上は避けられないとしても、幹部らが「火に油を注ぐ」のを食い止めることは可能だ。炎上するなら同じだろうと思われがちだが、自然鎮火に導くのと延焼させるのとでは、ブランド再興にかかるコストがまったく違う。
例えば日大の対応は、本来ならスポーツ面と社会面で数日報じられれば終わるはずの案件を、1面級のニュースに格上げしてしまった。対応を誤らなくてもそれなりの批判を浴びただろうが、経営を揺るがすレベルのダメージは避けられたはずだ。
一方、自ら記者会見を開いて謝罪した学生はどうだったか。メディアに顔や実名が晒され、本人は深く傷ついたはずだ。しかし放置していればその何倍ものダメージを負ったはずだし、「彼はむしろ犠牲者ではないか」「潔い」といった同情や賞賛を受けることもなかっただろう。
トップに危機対応の見通しを提示する
広報が組織の中で果たすべき役割は、危機が起こったときに「取りうる選択肢と予測される結果の違い」をトップ層に正確に示すことだ。対外発信以上に、組織内に向けた発信が重要なのである。
例えば、不祥事が組織内で明らかになったときは、公表するか否かを選ばなくてはならない。どちらが結果的に「得」かは、偶然にも左右されるので一概にはいえない。しかし、「公表しない場合、記者に知られればタダではすみませんよ」と、他社の先行事例を挙げて説明することはできる。
幹部から責任回避的な説明をするよう指示があった場合も、「これはかえってブランドを毀損します」「過ちを認めても炎上しますが、それが遅れればダメージは何倍にも膨らみます」と説明すべきだろう。
こうした場面で根拠のある見通しが語れるのは、たくさんの事例を研究し、メディアの本質を理解している広報だけなのだ。
能力の誇示は自分の首を締める
同時に、こうした冷静な意見は危機の中では聞いてもらえない現実もある。平時から「トップ層への広報」に取り組んでおく必要がある。
自分たちにできること、できないことを説明し、危機発生時の対応方針を組織として共有しておくことが大事なのだ。
これは簡単なようで難しい。広報は、自分の存在価値を高めるため、「自分はマスコミをコントロールしている」「広報テクニックさえあれば炎上は避けられる」といったイメージを植え付けたくなる心理が働くからだ。
しかし、能力の誇示は有事に自分たちの首を締め、組織が道を誤る原因にもなる。トップに自らの限界を理解させている広報こそが、危機時にも組織を救えるのだと思う。
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ジャーナリスト
関西大学 総合情報学部 特任教授
松林 薫(まつばやし・かおる)
1973年生まれ。京都大学大学院経済学研究科修了。1999年、日本経済新聞社入社。経済解説部、経済部、大阪経済部、経済金融部で経済学、金融・証券、社会保障、エネルギーなどを担当。2014年に退社し独立。近著に『迷わず書ける記者式文章術 プロが実践する4つのパターン』(慶應義塾大学出版会)。2016年4月から関西大学総合情報学部特任教授。月刊『広報会議』にて「記者の行動原理を読む広報術」連載中。