【前回の記事】「自社の商品に異物混入!緊急記者会見のポイントは」はこちら
Q.わが社では、メディアトレーニングを行ったことがありません。「クライシスが発生してからでは遅い」と思ってはいるのですが、社内にその必要性を説明できていない状況です。具体的な内容や得られる成果を教えてください。
A.
メディア対応の基本と実践を学ぶものです。信用や価値を担保するためには必須です。
メディアトレーニングの目的は、メディア対応に伴う社会的責任をしっかりと認識し、メディア報道の特性を十分に知ったうえでの対応力を身につけることです。
対応者の発言に嘘やごまかしの疑いがかかると、メディアはしつこく取材を続けます。発言を覆す事実が発掘されると報道は過熱し、さらに社会が受け入れがたい発言があれば、全メディアをあげての批判が始まります。その結果、対応者個人だけではなく、所属する会社や組織の信用と価値を地に落としてしまいます。
そんな事例は、いま現在、いくつも進行中です。「破局を招かないための事前訓練」がメディアトレーニングの目的なのです。
テレビ取材は「見た目が9割」
メディアトレーニングの内容は、主に(1)メディア対応の基本トレーニング (2)緊急記者会見を想定した訓練 (3)平時の記者会見の予行演習(4)緊急記者会見の予行演習 の4つに分けられます(図1)。
(1)の基本トレーニングでは、「間接対応・直接対応」といった技術的なことも学びます。同じマスメディアでも、新聞や雑誌などの紙媒体では、記者に十分に理解してもらえないと、取材対応者の伝えたいことが読者に伝わりません。
一方、テレビでは対応者の発言が映像で直接視聴者に伝えられます。表情、態度、姿勢、服装なども視聴者の目に触れます。話の内容がよくても態度がお粗末で印象を悪化させ、「人は見た目が9割」を実証してしまうこともあるのです。
通常、テレビではコメントの一部分を切り取って放送します。そのため取材対応者も工夫が必要です。私は「結・転・承・起」の順でのコメントをおすすめします。話を簡潔明快にし、誤解防止にもつながります。
また、思いつくがまま質問に答えていては、自社が望むような報道は期待できないでしょう。会社・組織の主張、すなわち10秒ほどの簡潔な「キーメッセージ」をいくつか用意しておき、あらゆる回答でそのメッセージを結びつけるように話すのです。メディアによって短く切り取られたコメントに、キーメッセージが含まれていれば成功です。
記者会見の開催が決まったら
(2)の緊急記者会見を想定したトレーニングは、実際に数多く実施されています。このトレーニングでは会見での登壇者、すなわちトップの訓練に重きが置かれがちですが、関係者全員が参加することが重要です。
例えば、キーメッセージ、冒頭コメント、想定問答集は、広報が模擬会見のシナリオに基づいて、事前に登壇者と一緒に作成するように指導しています。過去の事例を見ても、トップと弁護士が密室で準備したような会見は往々にして社会の反発を招き、自滅しているからです。
(3)と(4)は緊急記者会見、あるいは新商品の発表会などが決まっている場合の予行演習です。これをやるのとやらないのとでは、天と地ほどの差がでます。「何をどう言うか」より、「準備した発表がどのように社会に受け取られるか」を第三者であるトレーナーとともに予測し、会見の内容やコメントを調整するのです。
メディア対応は数百万、数千万の国民との対話です。予行演習なしの会見は、訓練なしで綱渡りの曲芸を披露するようなものです。
現場の社員もトレーニングを
メディアトレーニングは「トップだけのもの」「コストをかけるほどのものではない」などと考えられがちですが、これは大きな間違いです。
米国をはじめとする世界の国々では、若い社員やマネージャーに積極的にメディアトレーニングを受講させています。まずは、トップも含めメディア対応を行う可能性がある現場の社員らのトレーニングから始めてはいかがでしょうか。
近年、幹部など一部の人間に限らず、現場社員も自分たちの仕事にかける思いや事業活動をマスメディアやSNSを通して積極的に社会に公開することが求められるようになっています。一方で、炎上を引き起こし企業の成長をつまずかせるリスクとも隣り合わせです。社会との適切な関わり方を身につけ、炎上を予防するためにも、メディアトレーニングは有意義だと言えるでしょう。
山口明雄(やまぐち・あきお)
アクセスイースト 代表取締役
東京外語大学を卒業後、NHKに入局。日本マクドネル・ダグラスで広報・宣伝マネージャーを務めたのを皮切りに、ヒル・アンド・ノウルトン・ジャパンで日本支社長、オズマピーアールで取締役副社長を務める。現在はアクセスイーストで国内外の企業に広報サービスを提供している。2018年2月、『危機管理&メディア対応 新ハンドブック』(宣伝会議刊)発売。