僕たちのビールをつくる
稲垣:インサイトには「相反する感情」があると思い、「○○だけれど、○○しない」に当てはめてみて、「ビールの味は嫌いではないけれど、おじさんっぽいから買わない」がインサイトになると思いました。
そこまで分かれば、おじさんっぽくないビールを造ればよくて、ネーミングやデザインを思いっきりカジュアルな感じにしました。一方で、それほどビールを飲まない男性に向けながらも、個性的で本格的なクラフトビールになっています。こういうとき気をつけるべきは、「普通のビールに近い、少しずらした製品」につくってしまうことだと考えた結果です。
製造担当からは「こんなに本格的なものを初心者向けに出して大丈夫か」という心配が若干ありましたが、印象が薄く、味を忘れられてしまうのは避けたかった。実際、検索では『僕ビール、君ビール。』の味に対する批判的な意見も見かけますが、結果としてはすごく売れています。
「好き嫌いをはっきりさせる」という戦略がヤッホーブルーイングらしく、うまくいった事例です。
大松:ありがとうございます。競合市場やユーザー、技術ではなくて、まずターゲットになる人を見に行く。なかでも、ビールをあまり飲まない人に「なぜビールを飲まないのですか」と聞かなかったのは本当に素晴らしいと思います。
そもそもビールに興味・関心がないから飲まないわけで、それ対して「理由を述べよ」というのは傲慢な質問になりますよね。観察とは、ターゲットの興味・関心に寄り添うことが重要です。
稲垣さんにお話いただいた一連の流れは、僕たちが「価値からひも解く」と定義づけている成功パターンでした。人を見に行く、興味・関心に寄り添う、(ワインとの対比で)価値から入って隠れた不満を発見する、という順番を経ると本当の不満は明らかになります。
そのほかにもインサイトのリサーチの手法はいくつかありますが、大きく分類すると、心理学の投影法系のアプローチか、文化人類学のエスノグラフィー系のアプローチかになってきます。