ストーリーとは顧客の求める価値を形にするもの
顧客のインサイトを活用してマーケティングに活かす手法は、伝統的なマーケティングにおいても実践されていますが、それが自社のブランドにおいてどれほど大きな意味があるのか、また実用化する際に何を変えていけばいいのかといった実行の課題とは切り離されていることが多いものです。しかし、顧客を中心としたストーリーを描いており、それを彼らに対する具体的な計画や行動においてデザインしている場合は、そのインサイトの活用の方法の取り組みやすさが格段に違います。
ミラー氏の方法の肝は、実際にはブランドが具体的に提供している価値そのものを、あるいは顧客が求めている価値そのものを明確にすることを主眼としています。それは企業がどのような優れた製品やサービスを作っていても、顧客が望んでいる成功をきちんとブランド側が思い描いていないならば、「観客はすぐに席を立ってしまう」のです。
その意味で彼の言うストーリーブランド、つまり物語ブランド(“ブランド物語”ではなく)とは、顧客がこのブランドと付き合うことによって、明らかに輝かしい未来に到達できるというイメージができるものでなくてはなりません。その意味で限りなくブランドのスクリプト(脚本)は、エレベーターに乗っている短い間でも顧客にその商品の価値を説明できる一行の「エレベーターピッチ」とまったく同じです。
ミラー氏はまた、彼が感銘を受けたアウトドアで人気の高価格で実用的なナイフ&ツールブランドであるガーバーのコマーシャルを紹介しています。彼はナレーション原稿のみを紹介していますが、以下の内容です。
よお、トラブル(問題)さん。
最後に会ってからずいぶん経ったな。
だが俺は、お前さんがまだそこに居るってのはわかってるぜ。
そしてお前が俺を探してるってのもな。
お前さんは俺がお前を忘れていて欲しいんだろ?なあトラブル。
もしかしたら忘れたのはお前のほうかもな。
だから俺がお前を見つけて、俺のほうこそお前に俺のことを思い出させてやる。
ミラー氏が注目するのは、このアイデンティティがまるで映画「ブラックホークダウン」のように強力だということだけでなく、彼自身がせいぜいピーナッツバターの瓶を開けるときぐらいしかナイフなど使わないのに、ガーバーのナイフを40ドル出して購入したことが、自分自身をも変える(Transform)経験だったことを告白しています。その意味でブランドのピッチというのは、クリステンセン教授のジョブ理論と同様、主役である顧客の機能的な問題だけでなく、情緒的な問題点を解決することなのです。